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「ア~ぁ・・・・・・」生欠伸を噛み殺そうとした畠山看護師の横顔を、右隣に控えるようにして並んでいる佐藤看護師がチラリと盗み見た。 「よりによって、準夜勤務明けの非番の日に、駅の構内でこうして看護師の制服を着て、募金活動をしなくちゃいけないなんて、一体、私たちどうなっているのよ。そうでしょう、佐藤さん」 「そうですよね、センパーイ。私も同感です」 「しかも・・・・・・」畠山看護師は胡散臭そうに、左隣にいるサーカスで見かける丸いゴムの鼻を付け、ピエロの格好をしたノッポの青年を一瞥すると、 「こいつと一緒だなんて、最低最悪よ、まったく」 「本当に、その通りですよ、センパーイ。まったく、最悪です」佐藤看護師も心から同意を表すように、顔を曇らせた。 「お二人とも、何をつべこべ言っているんですか。僕たちは院長直々の要請により、小児総合医療センターの代表として、この募金活動に参加しているわけですよ。見ていると、お二人とも、欠伸ばっかりして、もっと、シャンとして下さいよ」 「何がシャンよ」畠山看護師の眉間に縦皺がクッキリと浮かび上がった。 「私たちはね、アンタと違って、今日の午前二時まで仕事をしていたのよ」 「と言うことは、まともに家に帰れば寝る時間があったってことじゃないですか。どうせ二人して、どこかで飲み明かしていたんでしょう。さっきから、お酒の臭いがプンプンしますよ」 「それがどうだって言うのよ。勤務時間外に何処で何をしようと私たちの勝手でしょう」 「やっぱり、図星ですか」 「アンタに関係ないでしょう。このボンクラ研修医」 「あのう・・・・・・」 「何よ、まだ何か言い足りないことがあるわけ!いいわよ。早く言いなさいよ!聞いてあげようじゃない」畠山看護師はグイッと胸を反らせるようにして、この長身の研修医を睨みあげた。 「いえ、これは一介の医師としての良心に根ざした忠告だと思って聞いていただきたいのですが・・・・・・」この研修医は沈痛な面持ちで、畠山看護師と佐藤看護師の顔を交互に眺めた。 「お二人とも、早急に心療内科にかかったほうが良いと思いますよ。恋人にもボーイフレンドにも一生恵まれず、仕事にも行き詰まり、寂しさや焦燥感で溢れる心の隙間を埋めるために、ついついアルコールに走ってしまう。いいですか、お二人とも、こんな生活を送っていると、終には精神に障害をきたす性格異常か、アルコール中毒による肝硬変・・・・・・あっ、そうだ」 「どうしたんですか?先生」佐藤看護師が心配そうに顔を歪めた。 「いえ、失敬。お二人の性格異常は生まれつきなのか。だから、僕のように心優しくて、ひ弱な研修医の顔を見るたびに、ネチネチと難癖を付けては虐め倒すわけなのか。そりゃ、どんな名医にかかっても治りっこないな。ふ、ふ、ふ、は、は、ハハハハハ」研修医はたまりかねて吹き出すと、大声で笑い出した。 「この馬鹿!言うにことかいて。佐藤さん、いい、フォーメーション・スペシャル・AFよ」顔を怒りで真っ赤に染め上げ、眦をカッと見開いた畠山看護師が後輩の佐藤看護師に指示をだすと、 「ラジャ-」コマネズミのように素早く動き、佐藤看護師が、一本取ってやった!とばかりに、嬉しそうに高笑いする研修医の隣に立つと、二人して挟み込んだ。 「いつまで笑っているのよ、この馬鹿!佐藤さん、いくわよ」 「はい。センパーイ」 「セーノ、ゴー!」この合図で、畠山看護師と佐藤看護師のナースシューズは両脇からこの研修医の両足の爪先辺りを満身の力を込めて容赦なく踏みつけた。 「うぎゃー!いでで、ででー」研修医の表情が一変し、苦痛で食いしばった歯の間からうめき声が漏れた。 丁度この時、顔を歪め、泣き笑いの表情を浮かべているこの哀れなピエロの前に川村テル子は立っていた。 (あら・・・・・どうしたのかしら?)ピエロはテル子の視線を捕らえると、哀願でもするように、自分の足下にその目線を持って行った。 「あら!」テル子が驚きの声を上げるやいなや、河村看護師が白々しく、 「あらら、私の左足がピエロさんの右足の上にのっかっている。ええっ、どうしてなの・・・・・・一体どうなっているの。それに、佐藤さん、あなたの右足もピエロさんの左足に」 「センパーイ、私、全く気がつかなかったです」 「本当にそうだわ。きっと私たち、仕事の疲れから、頭がボーッとして、無意識に・・・・・・ピエロさん、ご免なさいね。オーホホホ」畠山看護師が、ご満悦の笑みを漏らした。  テル子が、悔しげに二人の看護師の顔を撫でるように見つめるピエロの抱える白い募金箱に百円玉二枚を投じると、 「有り難うございました!」 「有り難うございます!」嬉々とした表情を浮かべた畠山看護師と佐藤看護師の弾むようなお礼の言葉が、テル子の全身に浴びせかけられたのだった。

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