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 午後の陽が傾き始めた頃、吉井輝之と佐和子の財布も大方空っぽになるのを見計らうように、この一行は大きな買い物袋をいっぱい提げて、凱旋でもするように家路をとった。 夕食の献立は、主婦の佐和子の手間がかからないように(???)と、全く問題をすり替えられたような塩梅で焼き肉となったが、支度をするのは佐和子、肉や野菜をホットプレートの上で焼くのは輝之・・・・・・、そして、出来あがったのを食べるのは息子夫婦と娘夫婦。それと孫四人の分担と相成った。 上等の牛カルビやロースを頬張り、普段家では発泡酒しか飲ませてもらってないくせに、ここだと親に買わせた麦芽百パーセントの缶ビールをグビグビ空けながら輝彦が、「今度、車を買い換えようと思うんだ」と切り出した。 「ほら、室内が広々としたワンボックスカーだったら、万一、親父とお袋の足腰が弱くなって、車椅子が必要になっても、病院でもどこにでも連れて行けるだろう。だからさ、少し援助してくれないかな。親父」 (なんだ、親孝行な息子さんだと思わせた途端に、話がそっちの方にいっちゃうのね。あらら、結局は車を買い換えるためのお金を出してくれっていうことなのね)テル子の意識が尖った。 「輝彦が車代の援助をしてもらうのなら、私もマンションの購入資金の一部を融通してよ。母さん。今の社宅は手狭だし」 (えっ、こっちもなの) 「お父さんやお母さんが遊びに来られた時に泊まっていただく部屋も必要だと思いまして、すこし間取りに余裕のある部屋数の多い物件を考えているんですよ」愛想笑いを浮かべながら、敦子の夫が妻を援護した。 (敦子さんの旦那様も親孝行を引き合いに出して、そんな気なんてさらさらないくせに、もう!)テル子の意識が益々尖った。 「そうだな・・・・・・」輝之は親ツバメよろしく、四人の孫の皿に肉や野菜を取り分けながら、頭の片隅で預貯金の残高や定年後も嘱託として働くことから得られる収入について電卓を叩いてみた。 「そうだな。でも、将来の俺と母さんの生活のこともあるからな」 「でも、親父、こう言っちゃうと何だけど、去年定年退職して退職金も入ったことだし、今も勤めていた銀行に嘱託として残って働いているんだから、大分余裕がある方だと思うけどな。それに、うちは姉さんみたいに一千万円単位の大金じゃなく、ほんの二百万ほど出してくれればいいんだけど」 「一千万円だなんて。輝彦もよく言うわね。八百万でいいの。後はローンを組むから。私だって、お父さんやお母さんの家計のことくらいはちゃんと考えているわよ」 輝之は、我が家の財務大臣はあっちだよ、と言わんばかりに、佐和子の方へ眼差しを流した。すると、その意を察したのか、輝彦は佐和子に矛先を向けた。 「お袋と親父は幸せ者だよ。毎週、俺や姉さん一家が様子を見にこうして出張って来るんだから。それに引き替え、隣のお婆さんなんか、一人暮らしで子供もいないもんだから、哀れなもんだよ。誰一人尋ねて来ないんだろう。それって、辛くて寂しいもんだよ」 「そうね。母さん、その通りよ」敦子も輝彦に、右にならえで、家計を握っている佐和子に向き直った。 「このごろよく老人の孤独死なんてものがニュースになっているけど、それって惨めだわ。お隣さんなんて、きっと、そうなりかねないわね」 「私、決して、お父様やお母様にそんなことさせませんから」横合いから祥子が黄色い声をあげた。 「老後は私や輝彦に任せておけばいいのよ。隣の人みたいに決して孤独死なんてまねはさせないから。だから、お母さん、輝彦には車の購入費用を、そして、私にはマンションの資金を融通してくれないかしら」敦子が隣に住む孤独な老人、川村テル子を引き合いに出して畳みかけた。 「そうね。お父さんと相談してみるわ。あなた達の悪いようにはしないから」 (だめよ、吉井さんの奥さん、いえ、佐和子さん。この人達、お金を出してもらうだけの魂胆でこんなことを言っているだけなんだから。それに、そうそう、さっきから聞いていればなによ!隣のお婆さんが哀れで、辛くて寂しくて、挙げ句の果てに孤独死をするって・・・・・・。まあ、何て恥知らずなことを言うのよ!!あなた達のように、親のお金を当てに毎週毎週来るような不甲斐ない罰当たりな息子や娘がいないだけでも、私、よっぽど幸せだわ。それに、最後の自分の始末くらい、きっちりと人に迷惑をかけずにつけるわよ。どうせ結局、最後は一人きりで逝くものなのよ。あなた達みたいなのが、今際の際に枕元にいたんじゃ、安らかに死ぬこともできないわよ。本当に、頭にきちゃう。もう、糞っ垂れの馬鹿野郎だわ!)テル子の意識が怒り心頭で爆発し、佐和子の心に急激に浸透し始めた時、テル子の意識が途絶えた。

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