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 ガラス張りの壁面を透過した茜色の陽光が、人気もまばらとなって、より開放感を醸し出すロビーの床面に照り映えていた。 「美津江さん、今日はどうもありがとう」 (そんなの、いいの。いいの)とでも言いたげに、栗原美津江は小杉亜希に向かって、ニッコリ微笑むと、首を左右に振って見せた。この時、亜希のキュロットスカートのポケットに入っていた携帯が、ブーブーと振動音を奏でた。 「あっ、ママからだ」亜希は美津江に軽く会釈すると、可愛らしいキャラクターの図柄の入った携帯で母親と話し始めた。 「・・・・・うん。亜希、大丈夫だよ。・・・・・。そうなの・・・・・。いいよ、ママ。いつものように自分で出来るから。それから、ママ。鈴鹿先生が後でママに電話しますって。うん・・・・・うん。分かった。じゃぁ・・・・・」プチッと亜希によって、電話を切るボタンが押されると、 「ママ、亜希ちゃんのこと、スッゴク心配していたんじゃないの」すかさず美津江が口を挟んだ。  この時、亜希は真顔で少し首を斜めに傾けた。それでも、 「そうなんだ。無事に検査が済んだんで、ママ、安心したって」と答えた。 「それで、他にママ何か言っていた?」 「うん。美津江さんにありがとうって。それから、今日の大切なお仕事、上手くいったって」 「よかったじゃない」 「うん。でも・・・・・」亜希の顔色が少し曇った。 「でも、何?」 「仕事が終わってから、会社の人たちと食事に行かないといけなくなったから、亜希、一人で晩ご飯を食べておいてって」 「えーっ、そうなの。それで亜希ちゃん、どうするの?」美津江が心配そうに訊ねると、 「美津江さん、大丈夫なの。もう、亜希、慣れっこになっているから。コンビニで何か買って帰るから」 (吾は亜希の不安定な意思を瞬時に拾った) 「ダメだよ、亜希ちゃん。それって、何だか味気ないじゃない。そうだ。亜希ちゃん、うちの店で食べて帰るというのはどう?いつも、お店が終わってから、マスターと景子さんとで、明日のお客さんに提供するランチメニューの試食会をやっているから。亜希ちゃんもその試食会に参加すればいいじゃない。亜希ちゃんなら、二人とも喜んでオーケーするに決まっているから」 「美津江さんは?」 「私は・・・・・遠慮しとく」 「どうしてなの?」 「一刻も早く家に帰って、真っ裸になって、開放感に浸りたいから」 「えっ!真っ裸?」 (イケナイ。今日はどうも吾が出てしまう) 「いや、いや、そう言う意味じゃなくて・・・・・。そう、職場って、ヤッパ疲れるじゃない。だから、早く家に帰って、ほっと一息つきたいってことかな」 「美津江さんが一緒でないなら、亜希もよす」 「えっ、ううーん困ったな。でも、今日は久々にこの肉体から解放されて、一時にせよ爽快感を味わったことだし・・・・・それに、吾、いや私、今日は亜希ちゃんの保護者なんだし。そうね、じゃ、私も亜希ちゃんに付き合うことにする。それならいいでしょう」美津江から引き出した返事に、満足そうな笑顔を覗かせると、亜希は首を大きく縦に振った。

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