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 いつもなら黄ばんで頼りなく見える駅のプラットホームの照明が、今の小杉小夜子にとっては、黄金色の光が煌々と満ち溢れんばかりに輝いて見えた。  娘の亜希の小さな手を包み込むように握ると、亜希の体温がその指先を伝わり、心地よく小夜子の胸に跳ね返ってくる。 「そうだ。善は急げよね。亜希、ママ、これから鈴鹿先生に電話するから、一緒にそこの椅子に座ろう」小夜子が笑顔を向けると、 「うん。いいよ、ママ」亜希も頷きながら嬉しそうな笑顔を返した。 バッグから携帯を取り出すと、小夜子は鈴鹿女医の携帯に電話する。 数回の呼び出し音があった。 『鈴鹿です』 『もしもし、小杉です・・・・・』 『あっ、お母さん、亜希ちゃんに何かあったんですか』小夜子の声に反応するように、緊張して震えたような鈴鹿女医の声が返ってきた。 『いえ、亜希は大丈夫です。今、私の隣にいます。実は、夜分にこうしてお電話をしたのは、先生もおっしゃられたように亜希の入院を急いだ方がいいと思ったからなんです』 『そうですか。それはよかったです。本当にありがとうございます』鈴鹿女医の声が和らいだ。 『いえ。私の方こそ先生にはとても感謝しているんです。でも、先生、実を言いますと私、先日病院にうかがった時、亜希と先生が仲良く楽しそうに並んで歩く姿を後ろから見ていたら、先生の方が私よりよっぽど亜希の本当の母親みたいだって、嫉妬というか羨ましく思ったんですよ』 『それは・・・・・・、申し訳ありません。私』 『いえ、私こそ。きっとあの頃は、亜希の母親だという意識すら、どこか遠い所へ置き忘れていたのかも知れません。亜希という自分にとって掛け替えのない大切なものが目の前にいるのに、全くそのことに気づきもしない哀れで情けない自分がそこにいたと思うんです。でも、先生のお陰で私、目が覚めました。鈴鹿先生が亜希に寄せて下さる温かい思いやりによって。今はこうして鈴鹿先生が私たちの側にいて下さって、私も亜希も幸福だって心の底から思えてならないのです。先生、ありがとうございます』小夜子は手を伸ばすと、傍らに行儀良く腰掛けている亜希の柔らかい髪を愛しそうに撫でた。 『お母さん、私・・・・・・、亜希ちゃんのことを、私のこの世に生まれなかった子の生まれ変わり、そんな風に勝手に思い込んでいたんです。きっと』 『えっ、だって先生は・・・・・・』 『ちょうど、お母さんが亜希ちゃんをお腹に身籠もられた頃、私、子宮摘出の手術を受けたんです。子宮外妊娠でした。相手は同じ大学の医学部の先輩で、その人と私、結婚する予定でした。その人、小児科医で子供が本当に好きだったんですよ。だから・・・・・・』 『先生・・・・・・』美津江は絶句した。 『ですから、私、私のお腹に一時でも宿った私の子供と亜希ちゃんを・・・・・・だから、私、亜希ちゃんに思い入れてしまって、最初に亜希ちゃんに出会った時に、やっぱりこの子はあの時の私のって、感じてしまって・・・・・・お母さんには、お母さんには申し訳ありません』鈴鹿女医の瞳から熱いものが溢れ頬を伝わった。 『先生、鈴鹿先生』同時に小夜子の瞳からも大粒の涙が零れ落ちた。 『先生、私こそ、さっきは先生のお気持ちを傷つけるようなことを言って、すいませんでした。でも、もしかしたら、そうかも知れませんね。順調にいっていれば、亜希は鈴鹿先生の子供として生まれてくるはずだったかも知れませんね。あっ、亜希が」亜希は何かを感じ取ったように小夜子の手から携帯を譲り受けた。 『鈴鹿先生、亜希、ママのこと大好きだけど、鈴鹿先生のことも大好きだよ』 『そう、ありがとう。亜希ちゃん、ありがとう・・・・・ありがとう』鈴鹿女医は、涙で顔をグシャグシャに濡らしながら、幸せそうに微笑んだ。小夜子は堅く携帯を握りしめている亜希の背中に両腕を優しく回すと、亜希の身体を鈴鹿女医の思いも込めたように、力強く抱きしめたのだった。

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