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 〈カラコロカラリーン〉鈴の音も幾分小さく、ゆっくりと遠慮がちに店の扉が開けられた。 「いらっしゃいませ」栗原美津江が反射的に声をかけた。 「こんにちは・・・・・さて、どの席にしようかしらね。あら、この前座った窓際の席が空いているのね」 「どうぞ。どうぞ」美津江に促されるように、川村テル子は白いレースのカクテルカーテンで日差しが遮られた窓際の円形テーブルへと近づいて行く。 「お嬢さん、ありがとう」椅子をサッと引いた美津江に軽く会釈をすると、テル子は静かに腰を下ろした。 「今、メニューをお持ちしますね。ただ、お昼のランチは終わったんです。残念ながら」 「あら、土曜日でもランチをやっているのね。でも、私、今日は決めてあるから。そう、オムライスをお願いするわ」 「マスター、ほら、オムライスですよ」美津江が嬉しそうに厨房で調理する藤村に声を投げ掛けると、ヘーェという顔をして、振り返った藤村が美津江に視線を送った。 その後、すかさず美津江がおしぼりと氷水の入ったグラスを運んできた時、テル子が待ちかねたように声を掛けてきた。 「今日は、久しぶりに映画を見るために出かけて来たの。それでね、お昼はこのお店でいただこうと思って。それに、何だか、あなたにまた会いたくなって。どうしてだか分からないんだけど」 「そうですか。私も、お客さんに、またお会いできて嬉しいです」美津江がニッコリと微笑むと、 「それで、今日は、どんな映画をご覧になったんですか」と言葉を繋いだ。 「ほら、テレビで今よく宣伝している『約束』っていう題の映画よ」 「『約束』・・・・・?ですか・・・・・」 「そうよね。若い人は余りああいった映画は観ないのかも知れないわね」 「あれって、凄く感動的な作品みたいですね」この時、いつやって来たのか藤村が声を投げ入れた。そして、スプーンとフォークの入った藤で編んだ箱をテーブルの上に置くとすかさず、 「結婚を誓い合っていた男女が、戦争の動乱によって生き別れになってしまうんだけど、二人が愛を育んでいる最中に、亡くなったら、二人して故郷の海に散骨してもらい、そこで永遠に眠ろうって、約束を交わしていたんでしたよね」とテル子に話しかけた。 「そうそう。そして、戦後二人ともが別々の人生を歩むんだけど、年老いて男性が亡くなる時に知人に手紙を託して、それを手にした女性が・・・・・、ラストシーンが本当に感動的だったわ。夕日にキラキラと照り映える海面に向かって女性が・・・・・・、もう私、涙が溢れ出て、ハンカチがグショグショになっちゃって・・・・・」テル子はウットリと遠くを見つめる眼差しとなった。 「マスターも、その映画を観たんですか?」今度は美津江が、へーェといった表情で藤村の横顔を眺めた。 「実を言うとね、以前、違う映画を観に行った時に、予告編で観ただけなんだけど。でも、予告編だけでも感動は十分伝わってきたよ。そうだ、栗原さん、オムライス、オムライスあがったから」 「オムライス、ただいまお持ちしますね」美津江は、感動の余波に浸っているテル子にそう告げると、藤村と一緒に厨房の方へと向かった。  カウンターの上には、出来立ての熱々のオムライスが三つ、湯気を燻らせ出番を待っていた。 「一つは栗原さんの分だから、持って行って、あのお客さんと一緒に食べたら。栗原さんに会いたかったって、言っていたじゃない」 「では、マスターのその有難いお言葉に甘えさせていただいて」 「それから、野菜サラダも一緒にね。冷蔵庫の中に用意してあるから」  オーダーされたオムライスと野菜サラダを、テーブルに運んできた美津江が、「同席して一緒に食事をしたい」と申し出ると、テル子は心底嬉しそうに、お礼の言葉を何度も何度も美津江に告げた。 「あら、ここのオムライス、いつもの形をしたんじゃないのね。真ん丸い、お椀を伏せたような形・・・・・でも、とても美味しいわ」 「そうですよね。実は私も大好きなんです。このオムライス。ここのデミグラスソースとフワフワの卵とチキンライスをこんな風に混ぜ合わせて口に運ぶと・・・・・ヤッパリ、オイシイ!」 「でも・・・・・・、でも、こんな美味しい物が食べられるのもいつまでかしらね」 「えっ?」美津江はスプーンを口に銜えたまま、テル子の顔に見入った。 「なんだか、私、この頃とっても変なのよ」テル子は目をショボショボさせると、力なく視線を落とした。 「変って?お身体の具合でも悪いのですか」 「ううん、そうじゃないのよ、お嬢さん・・・・・。実を言うと、このごろ変なモノが見えるのよ」

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