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「ヤッパリ、あのお店に寄って、あのお嬢さん、じゃなかった、美津江さん、そうね、美津江さんに会って本当に良かったわ。なんだか、こうスッキリした感じなのよね」いつもの馴染みの駅に降り立ち、自動改札口を出た川村テル子は、券売機横の鏡に向かって両腕と一緒に背筋をグイッと伸ばして見せた。 「さて、いつもは真っ直ぐに行って帰るんだけど、今日はどうかしらね。右側の、こっちの迂回路で帰ろうかしら。確か、この路を行けば、家の下の公園の所に出るはずなんだけど。なんだか今日は、いつもとチョット違う冒険をしたい気分だわ。変ねえ・・・・・・これも、美津江さんに会った御蔭かしら。きっとそうだわ。そんな気がする」テル子は手に持ったバッグを肩に掛けると、まだ夕暮れには間のある暖かい日差しの青空の下を、小気味よく歩き始めた。  暫くは神戸電鉄の沿線に平行して進み、その後、左側に大きなカーブを描くように、緩やかな勾配のある路が続いていく。 「いつもの路よりはキツイけど、でも、でも気分は爽快だわ」テル子は坂を登り切った辺りで立ち止まると、フーッと大きく息をついた。 「さて、ここからは平坦な道になるはずだわ。あの角の新聞販売店を左に折れるんだったわね。そうそう、そう言えば、亡くなったあの人が私に言っていたじゃない。近くに神功皇后の鎧を入れた石棺を納めた杜があるって・・・・・・でも、皇后様って女性じゃない、戦争をする時に着る鎧って?・・・・・・まあ、いいわ」テル子が新聞販売店を左折した途端、モッコリと新緑を纏った樹木に覆われた杜が向こうから目に飛び込んできた。 「あれだわ・・・・・・石碑もあるのね。そうだ。この際だから、この杜の中の小径を通り抜けてみようかしら。やだ、本当に今日の私って、大胆だわ・・・・・ウフフ」 〈神功皇后御巡行跡〉と記された苔の生えた石碑を尻目に、テル子が木漏れ日を浴びながら小径に足を踏み入れて進んで行くと、何故か日が陰っていくように辺りが薄暗くなり始めた。 「あら、また様子が変だわ。また、この間のように、犬や鴉が現れて、私に話しかけてくるのかしら。でも、今日の私はヘッチャラよ。来るなら、早く来たらどうなの」テル子は薄い胸を突き出すように反らした。 すると・・・・・・ 「ミャオ、ミャオ・・・・・・」  杜の出口に差し掛かった所で、テル子は子猫の鳴き声のような声を耳にした。  辺りは相変わらず夕暮れのように薄暗く、しかも、この五月の季節から遙かに遠ざかったような肌寒さも感じる。 「あら、あんな所に公民館が・・・・・・」頼りなげな蛍光灯に照らされた玄関口の脇に、小学校の低学年くらいの女の子が、両腕で抱えていた段ボール箱を素早く置くと、躊躇するように二度、三度、その段ボール箱の方へ振り向き、幼心なりにも、その切ない思いを断ち切るように、一目散に走り出した。   振り返りざま、蛍光灯の光の帯が、その痩せて小さな女の子の頬に流れる涙の跡をなぞるように照り跳ねた。 「ミャオ、ミャオ」置き去りにされた段ボール箱から悲しそうな鳴き声が聞こえる。 「お嬢ちゃん!」テル子が咄嗟に声を掛けた時には、その子の姿は暮れなずむ藍色の景色に沈み込んでしまっていた。  テル子は小走りに木造の余り目立とうとしない公民館の玄関口へ近づくと、屈んでその段ボール箱を開け、中をのぞき込んだ。 「あらあら、やはり子猫だわ」子猫も誘われるようにテル子を見上げる。 「あら、あなた、可愛らしい目をしているのね。どうしようかしらね。そんな目で見つめられたら、私、困っちゃうわ。でも、これも何かの縁だわね。あなた、うちの子になる?」テル子は痩せた子猫を両手で抱き上げた。 「ミャー」テル子に答えるように子猫が一声力強く鳴いた。 「そうだわ。あなたなら、人の言葉を話してもらっても私、一向にかまわないのに」テル子が可笑しそうに一人でクスクスと笑いながら、この子猫を元のダンボール箱の新聞紙の上へと戻し掛けた。すると、突然、新聞紙の日付が目に飛び込んだ。 「昭和四十五年十一月二日って?・・・・・そう、またとても古い新聞だわね。まあ、いいわ」ダンボール箱を両手で抱え、立ち上がった瞬間、カメラのフラッシュが焚かれたような目もくらむような眩しい光がテル子を襲った。  一瞬、その強烈な光に当てられ、よろめきかけたテル子が気を取り直した時には・・・・・・周囲の景色が変貌していた。 「あれ?ここって、家の下の公園の入り口だわ。また私、変な夢を見ていたのかしらね。でも、こうして実際にこの子も一緒にいるところをみると・・・・・・まんざら夢とも思えないんだけど。いいわ。早く帰って、この子を綺麗に洗って、ミルクをあげなくちゃね。でも、家族ができるって、本当に素晴らしいことよね。ウフフフ、嬉しくなっちゃう」テル子は大事そうに子猫の入ったダンボール箱を抱えると、朗らかな気持ちで我が家へ向かって力強く歩き始めた。

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