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 我に返った時、栗原美津江は国鉄三ノ宮駅前の広場にいた。命からがら路地を走り抜けようとした美津江に、焼夷弾で焼け落ちた家屋の壁や屋根が崩れ落ちてきたところまでは記憶にある。  だが、それから先は・・・・・・全く覚えていない。けれど、不思議なことに、安らぎに満ちた思いが心に宿っているのを感じていた。そして、手の平には十字架と、今まで見たことがない薄くて柔らかなチリ紙のような物で包まれた髪の毛がしっかりと握らされていた。  美津江には兄が二人、姉が一人、そして妹が一人いた。律儀な性格の父親は、神戸の新開地で雑貨商を営んでいた。美津江は尋常高等小学校を卒業すると、女学校へは進学せずに、洋裁を習うことにした。服飾に興味があったからだ。洋裁学校を出てると、母親の縁者の紹介で、元町の婦人服の仕立てを商う店で修行することになった。二十歳の時に縁談があった。けれど、これは断った。洋裁の仕事にやりがいを感じていたし、父親もその縁談には余り乗り気でなかったため、断ることができた。二十三歳で再び縁談が持ち上がった。この時代の女性には『結婚報国』や『産めよ、増やせよ』のスローガンのもと、出産や多産が奨励されていた。そして、これが社会の規範にもなっていた。美津江の二十三歳はもはや晩婚である。美津江の心は拒んだが、世間の常識に袖を引っ張られるようにして結婚した。結婚した翌年に子供が授かった。男の子であった。美津江の夫も、嫁ぎ先の両親も大変喜んでくれた。けれど、悲劇が訪れた。布団に入って添い寝をし、赤ん坊に乳首を含ませ授乳をしていた時、日頃の疲れが災いし、美津江はそのまま眠り込んでしまっていた。どれくらい眠っていたのだろう。気がつくと赤ん坊の鼻と口を自分の胸で圧迫していた。赤ん坊は息をしていなかった。窒息死であった。そのショックで美津江は精神が錯乱し気がふれたようになった。そして、婚家を追い出された美津江は、新開地の実家に戻された。そんな美津江の腐敗したような心情を癒すきっかけになったのは信仰であった。湊川にある教会で洗礼を受け、神にすがることで日常を取り戻しかけた。けれど、美津江は若い母親と赤ん坊の微笑ましい姿に直面すると、どうしても心がささくれ立ち嫉妬を覚えた。妬ましくもあった。神に懺悔しつつも呪いもした。そんな折、父親の提案で実家を出て一人暮らしをすることになった。国鉄三ノ宮駅からほど近い中道商店街の借家を父親が用意してくれた。けれど、この時には、父は世間体を気にして自分をここから追い出すんだ。私は家族の厄介者なんだ、と心底恨んだ。父親の真意を知るのはそれから三年後のことであった。重い心臓病を患い、病室で対峙した時の今際の際の言葉・・・・・・「美津江、私はお前を世間の冷たい目から守りたかった。好きな洋裁に打ち込める環境を作ってやりたかった。お前があの不幸を乗り越え、前を向いてお前の信じる人生を、思い通りの人生を歩んでくれること、それが父さんの願いなんだよ、美津江」  あの神戸大空襲で奇跡的に死を免れた栗原美津江は、それから三年後、かつて自分が修行していた元町の婦人服店の再建に携わることになった。何処で培ったのか未来を先取りするようなデザイン性を取り入れながらも着やすさを重視した婦人服が話題となり、それから二年後には〈クリハラ〉ブランドを立ち上げ、女性の下着メーカーとしての会社を設立するに至った。現在でも神戸ポートアイランドに本社を置くその会社は存続する。  栗原美津江は平成十三年三月十六日に満八十三歳でこの世を去った。しかし、その一年前の服飾雑誌のインタビューでこう述べている。 「あの神戸大空襲が私の人生の転機になった様に思えます。当然、命が助かったのもありますが、なぜか不思議に、別の世界から帰って来たような変な感覚に囚われました。そして、その世界で狭い思い込みに縛られずに、自分らしく自由な思いで生きる重要性を学んできたように思います。キッチンシンクみたいな狭い場所に閉じこもっていたら、自分らしく自由に泳げないですものね。ですから、心は満ち足りていました。なぜなら、いろいろな人の想いに接してきて、自分らしく生きる力を貰ったような気持ちでしたから。それに、赤ん坊の時に亡くした将平に会えたようにも感じました。今でも私の中で、『あき』という言葉が心に強く残っています。その『あき』が将平だったのでしょうか。変な話ですね。もう一つ不思議なのは、服飾のデザインが次々と浮かんでくるようになったことです。それから、これは雑誌には絶対に載せないでね。私、家に帰ると、着ているものを全て脱ぎたくなるような衝動に駆られるのよ。私って、変でしょう」                                  【完】 (筆者独白)  ご愛読いただき有難うございました。心から感謝申し上げます。また、皆様のご健勝と益々のご多幸を心から祈念いたしております。     

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