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 良江は薄暗い靄のような風景に溶け合うように漂っていた。  ひとつひとつの白い〈のっぺらぼう〉の存在が、良江の意識と同化して、多恵の意識との融合が起きた。  ベッドに横たわる多恵の足下にうずくまる〈のっぺらぼう〉の姿が空間に溶け込むように消滅する度に、今まで相容れなかった良江の思いと多恵の思いが重なり合っていった。 (そうなんだ・・・・・・そうだったんだ)薄皮が一枚一枚剥がされるように、良江の意識に存在する凝り固まった我執の思いが溶け流れていく。  多恵の足下に存在する最後の〈のっぺらぼう〉が良江の意識の中でパチンと弾け飛んだ時、心地よく温かい液体を通して感じる朧気な風景を眺めている自分自身の姿を良江は感知した。 「あら、涙が・・・・・・こんなに涙が溢れて・・・・・・でも、とっても気持ちがいい」  彼方に、多恵が暮らす喜寿の里の門柱が煙るように見える。 「良い天気になっている」青天の空を見上げた良江は、手に持っていた傘を丁寧にたたむと、肩の力が自然に抜け落ちたような穏やかな微笑みをゆっくりと浮かべた。 「素直にならなくちゃ。私の人生だもの。母さん、ご免ね・・・・・・」心の中に宿した多恵の面影にそっとそう告げると、良江は春のそよ風に乗るように軽快な足取りで、緩やかなスロープを進んで行った。

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