「マスター、どうです?これなら、小学生の娘を持つ母親っていう感じに見えるでしょう」栗原美津江は、厨房のカウンターを挟んで藤村隆司に向き直り、クルリと体を一回転させて見せた。 「紺のスカートに白いブラウス・・・・・・、栗原さん、その羽織っているクリーム色の薄手のカーディガンの代わりに、紺の上着を着れば、立派に就活中の女子大生って感じがするね」 「えーっ、もう、マスターたら。私なりに一生懸命、この栗原美津江の知識と経験を総動員して・・・・・・、いやいや、私なりに一生懸命考えて、タンスの引き出しから洋服を引っ張り出して、一番マッチしそうなのを選んだつもりなんですよ。景子さん、マスターが私の服の趣味が良くないって、虐めるんです」美津江は景子に向かって、両方の目尻から指で涙を流す仕草をした。 「栗原さん、そんな・・・・・・」鳥飼景子は美津江と狼狽ぎみの藤村を交互に見つめると、愉快そうに微笑み、やおら、右手の小指を立てて、それを顎に二度ほど当てて、美津江にウインクを送ったのだった。 「ほら、マスター、景子さん、似合っているって、言ってくれているじゃないですか」 「参ったな。僕はただ栗原さんが女子学生みたいに若々しく見えるってことを強調したつもりだったのに・・・・・・。あっ、栗原さん、お待ちかねの人が来たようだよ」樫の厚い扉が、遠慮がちにゆっくりと開けられると、固い表情の小杉亜希が顔を覗かせた。 「こんにちは、亜希ちゃん。どうぞ、中へ入って」亜希は藤村の呼びかけに応じるように、厨房の方へと前進すると、 「こんにちは」と頭を下げた。そして、藤村と景子を相互に見て、 「お店、お忙しいのに、今日は、亜希のために、従業員のお姉さんをお借りして、本当に申し訳ありません」と再び頭を下げた。 「いいよ、いいよ」藤村が手の平を大きく左右に振ると、美津江に視線を移した。 「こんな栗原さんでよかったら、いつでもお貸ししますよ。煮るなり焼くなり好きにしてもらっても構わないからね」 「こんなって、もう、マスターったら、ひどい」美津江がわざと戯けるように頬をプーッと膨らませると、緊張の糸が解れたのか、亜希がさも嬉しそうに微笑んだ。
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