キッチンシンクじゃ泳げない
2-♥♥♥♥♥♥♥

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 亜希のCTスキャンによる頭部の断層撮影が済んだ。 「亜希ちゃんはロビーでピエロさんと遊んでいてくれる。先生、お母さんと、さっきの診察室でお話があるから」 「はーい」検査の緊張感から解きほぐされたのか、亜希は鈴鹿女医に元気よく返事をすると、嬉しそうな表情で、ロビーの端にたむろする子供たちの輪の中へ小走りで向かって行った。  脳神経外科外来の二番の診察室に招き入れられ、先程の丸椅子に座り、小夜子は鈴鹿女医が机上のノートパソコンの画面をマウス操作するのを、ただじっと見つめていた。程なくすると、鈴鹿女医の口が開いた。 「お母さん、お待たせしました。この画面をご覧下さい」鈴鹿女医はマウスを素早くクリックし、小夜子が見易くなるように画面を少しすらした。 「向かって右側が最初の病院で撮られたCTの断層面の映像で、左側のものが先程のものです・・・・・・」そして、「カチィ、カチィ」とクリックする度に同じ断層面の映像が対比するように現れた。 「ここです。この部分に何か白く影のようなものが写っていますよね。両方の映像を比べても、今日の方が少しだけですが大きくなっています」 「先生・・・・・・」小夜子は息をのんだ。 「恐らく、腫瘍だと考えられます。いえ、お母さん、そんな顔をなさらないで下さい。まだ、良性か悪性かも分かりませんし。ただ、この部位が、脳幹と言って脳の奥の深い所の近くにありますので、それが、手術となった時に気がかりです」 「手術・・・・・・ですか」小夜子の声が沈んだ。 「お母さん、そんなに気落ちなさらないで下さい。今の医学は昔に比べ格段に進歩していますし、私達も亜希ちゃんが一日も早く元気になれるように全力で頑張りますから。それで、お母さん、この腫瘍が良性か悪性か、そして、詳しい腫瘍の位置や正常細胞との関係を調べる必要がありますので、今週の金曜日に詳しく部位の画像を調べるMRIとPET検査、それと、背中から脳脊髄液を採取する腰椎穿刺の検査をするつもりです。さっき、検査室で確認しましたら、ちょうどMRIもPETも午後に空きがありましたので」 「今週の金曜日ですか」小夜子の顔が曇った。 「ええ。早いに越したことはありませんからね」 「それが先生・・・・・・ダメなのです。実は・・・・・・その日はどうしても抜けられない仕事があるものですから」 「お母さん、亜希ちゃんのためですよ」 「先生も女性でいながら医師という立派なお仕事をお持ちですから、私の気持ちも分かっていただけると思うんですけど、その日は新商品開発プロジェクトのプレゼンがあって、私がその責任者なんです。だから、どうしても」 「そうですか・・・・・・。じゃ、付き添いはお母さんでなくても結構です。どなたかご家族かご親戚の方でも。亜希ちゃんのためですから、お願いします」本来なら、母親である私の方から「お願いします」なのに、鈴鹿女医から「お願いします」と言われ、小夜子は少なからず当惑した。 「分かりました。こちらこそ宜しくお願いします」小夜子の脳裏に実家の両親の顔が浮かんだ。だが、その像は一瞬にして掻き消えた。が、何故かこの時、鈴鹿女医は、腑に落ちないような表情を漂わせながら、小夜子の顔を見つめていた。

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