作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「ねぇ、ママ。あの人、きっとお医者さんだよね」外来診療申込書に必要事項を記入していた小夜子は咄嗟に顔を上げ、亜希の眺めている方向へ目をやった。  ―あの女の人?  ―そう。  ―違うわよ。事務の人かなんかじゃないの。  ―どうして?  ―だって、白衣を着ていないじゃない。お医者さんは必ず白衣を着ているものなのよ。  ―そうかな? 「受付番号二十五番、小杉亜希ちゃん、、二番の診察室にお入り下さい」脳神経外科外来診察室前の長椅子に腰掛け、しばらく順番を待っていると亜希の名が呼ばれた。  キビキビとした感じの看護師に招き入れられ、診察室に亜希と小夜子が入ると、 「亜希ちゃん、お母さん、どうぞ、そちらの椅子にお掛け下さい」すかさず女性の声で椅子を勧められた。 「担当医の鈴鹿です」 (ほら!)その女医の顔を見た途端、亜希はそんな表情で母親の方へ振り返った。 「あれっ、亜希ちゃんどうしたの?」鈴鹿女医が柔らかな笑顔で問いかけると、 「いえ、さっき先生がホールを横切っていらっしゃった時に、亜希が、あの人、お医者さんだよって言ったことに対して、私が、白衣を着ていないからそうじゃないってことを言ったもんですから、それで・・・・・・」亜希より先に小夜子がその理由を答えた。 「そうですね。先入観があると、少し戸惑ってしまうかも知れませんが、ここは子供のための病院ですから、医師は白衣じゃなくて私服で診察するんですよ。白衣を見ただけで、怖がって泣き出しちゃう子や逃げだしちゃう子もいますから。そうだ、そう言えば亜希ちゃん。先生もね、亜紀ちゃんよりもう少し小さな子供の頃、病院から裸足で逃げ出したことがあるのよ」 「本当?」亜希の目が好奇心からか見開かれる。 「本当に本当。風邪をひいて病院に連れて行かれたんだけど、お医者さんの白衣を見た途端、それこそウサギのように一目散に病院から跳び出したの。後で、家の人にこっぴどく叱られたけどね」鈴鹿女医は愉快そうに笑いながら、亜希にウインクをして見せると、亜希も楽しそうに微笑んだ。そして、これを機に小夜子から紹介状等が入った封筒を受け取り診察が進められた。  診察はまず問診を中心として行われた。女の子同士がまるでお喋りでもしているかのように、和気藹々とした雰囲気の中で、鈴鹿女医は亜希から症状に関する情報を聞き出しては、机上のノートパソコンに入力をしていった。そして、丁寧に時間をかけて一通り聴き取ると、 「ありがとう、亜希ちゃん。じゃ、次はね、頭の中の写真をパチリ、パチリと撮らせてもらって」鈴鹿女医がこう切り出した時、亜希の表情が曇った。 「大丈夫、大丈夫。CTスキャンって言うんだけど、痛くも痒くもないのよ。ただ、大きなベッドの上に横になって寝ていてくれさえすれば、すぐに済んじゃうんだから」 「本当?」 「本当に本当。あれっ、この受け答え、さっきも亜希ちゃんとしたよね」こう言うと、鈴鹿女医と亜希は顔を見合わせ鈴のような笑い声をあげた。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません