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 起きているだけで息が上がる。  気を抜くと意識が途切れそうになる。  途切れたら最後、もう二度と意識を取り戻すことはないように思う。  どうやら間もなく時が来るようだ。  そうだとしても悔いはない。  優香の必死の看病のおかげであれから何百、何千と電話を掛けることができた。  そして生死の境に迷う何人もの人に手を差し伸べることができた。  あと一人。  あと一人、最後に救って旅立ちたい。  そうやって懸命に頑張ってきたけれど、さすがにもうここまでか。  でもやっぱり最後にあと一人、救いたい。  俺は震える手でパソコンに表示されている通話ボタンをクリックした。  コール音が続く。 「大丈夫だよ」 「え?」  それはいつもの俺の台詞だ。  俺が使うべき言葉なんだ。 「もう大丈夫なんだよ」  どこかで聞いたことのある声だ。  二十代の女性。  気の強そうな感じの声。  だけど震えている。  涙に潤んでいる。 「でも、俺はまだ……」 「あなたは頑張ったわ。それこそ命をすり減らして頑張った。もういいの。知ってる?あなたのしてきたことは『神様からの電話』としてネット上で賞賛され始めてる。あなたが救った数々の命が痛み苦しみから解放された喜びの声を上げ、それを見た多くの人たちが歓声を上げているの。素晴らしいことよ。あなたの救った命がこれからきっともっと輝いていくわ」 「そうか。そんな風に……」  視界がぼやけてきたのは、涙が浮かんでいるからだろうか。  それとも意識の混濁か。 「だから、もう大丈夫。ゆっくり休んでいいのよ。もう苦しむこともないの」  不意に体が軽くなった気がする。  いつ以来だろう、痛みや苦しみがないのは。 「もう、苦しまなくていいんだね」 「そうよ。頑張ったわね。あなたは十二分に頑張ったわ……」  嗚咽をこらえるように息を詰め、通話口を手で押さえたような気配が聞こえた。  暫くして彼女が電話に戻ってくる。「そうだ。私からあなたに頑張ってくれたご褒美としてプレゼントを用意してあるの」 「プレゼント?何かな」  プレゼントをもらえるのか。  少し気持ちが浮き立つ。  くそみたいな人生だったから、こんな風に褒めてもらったのは初めてかもしれない。  誰かに認めてもらえるって嬉しいことなんだな。 「それはその時のお楽しみよ。ゆっくり休んだら、もらえるから。安心して……お休みなさい」 「うん。……おやす、み……」  病室のドアが開いて、携帯電話を耳に当てた優香が入ってくるのが見えた気がした。  しかし、俺は落ちてくる瞼の重みに抗うことはできなかった。 「大丈夫だよ。ゆっくりお休み」  耳元で囁かれたその声は神様のように優しかった。
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