16. " 波紋 Ripple 16 " 夫から私への、どうしたの? 起きて待たなくていいのに、という言葉に 私が何も知らないとでも? 見て知ってるのよ・・女とキスしてたの 知ってるンだから。 モーレツにそんなふうに言いたくなったのだった。 たまに顔を合わせても私の病気のことには触れないし、何も聞いてこない。 もう夫は私のことなんて興味がない・・のだろう。 病気になる前の良好だった頃の私たち二人の暮らしが本当は 幻だったんじゃないだろうかと思える程に寂しく感じるけれど、 今の私には手の打ちようがない。 病気の身では。 打開策があるとしたら、やはり一日も早く健康な身体になること・・ につきる。 どうしようかと、あれこれ頭の中で考えをグルグルさせている間に 夫は自分の部屋に入って行き、入浴するためにパジャマを手に部屋から 出てくるところだった。 夫の言葉に何も言えず廊下に佇んでいた私は、ようやく探した言葉を 放った。 「だって、心配なの」 そう言う私に、彼は進みかけた歩を止めて・・「どうして・・」 本当に判らないとでもいうふうに、少しの驚きを込めて言った。 「だって、毎晩のように遅いみたいだし・・」 私の話を途中で遮るようにして彼は言った。 「うるさいよ! ・・・ゴメン 言い過ぎた。 それって、もしかして嫉妬? やだなぁ~うちの奥さんったら束縛が激しくてハゲシイネェ~ ♪」 最後はおちゃらけふうに装い、さっさと風呂場に向かった。 でも、私は見てしまった。 彼の顔に表情がなかったことを。 気付いてしまった・・ 放つ言葉と表情がちぐはぐだったことに。 彼の真実の言葉だけは分かった。 『うるさい』の一言。 身体も心もすぐ側にあると思っていた夫との距離が とても遠いものになってしまっていたことに、改めて この夜実感した。 1億万光年、離れている現実を。