透明な罪のゆくえ
9.高校1年の終わり

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 夏休み前に付き合い始めた陽菜と奏哉は、「3か月経つと倦怠期が来る」とか「半年付き合ってもう飽きない?」なんて言ってくるクラスメートたちをよそに、別れの危機などないまま高校1年生が終わろうとしていた。  周りはそういうだけあって、付き合ったり別れたりのサイクルが早い子たちが多い。  陽菜はそう言われるたび「飽きるってどういうこと?」と真顔で返し、からかってくるクラスメートは思いもしない返しに、言葉に詰まっていた。そういう子たちからすると「つまんない子」と思われているのはなんとなくわかるが、どういう返しが正解かもよくわかっていなかった。  確かに「飽きたから別れちゃったー」という声は聞こえてくる。  陽菜は、奏哉に飽きるということももちろん、「人間関係において飽きるという感情」が理解できていなかった。  毎日学校で会っていつも一緒にいて、更に休みの日も遊んだりしてる愛梨や美桜とはいつまで一緒にいても飽きなかったし、もちろん奏哉も同様だ。 「ああいうのは単に、『振られたんじゃなくて私が振ってやったのよ!』 っていうアピールだから気にしなくていいよ」  と美桜は誰かの声真似をしつつ言った。愛梨が「誰の真似?」と笑う。  そうか、アピールか、と陽菜は納得する。  陽菜にとって飽きるという感情はなくても、他の人……愛梨や美桜や、奏哉にはあるのだとしたら、飽きられるのは怖いなあと思っていたところだった。   「もう2年だねーああ、テスト嫌だ」 「でも! クラス替えのない学校で良かったー!」  憂鬱そうな愛梨の言葉にかぶせるように陽菜は言う。その勢いに愛梨は笑う。 「そうだよね、奏哉と離れたくないよねー」 「違う! 違くもないけど! 二人ともだよ!」 「私もだよ陽菜ー!」  そうだよね、クラス替わったらまた陽菜が人見知りを発揮しちゃう、とからかうように言われて3人で笑う。  どうしようかと思った高校のはじめから1年、本当にあっという間だ。  * 「陽菜、もう帰る? 帰ろ」  放課後、奏哉がいつものように声をかけてくれたので、陽菜もかばんを持って奏哉に駆け寄る。  一緒に帰るのも、一緒にいるときの他の生徒たちの視線にも、ずいぶん慣れた。  付き合い始めた当初、一緒に帰ってるところを見たクラスメートたちがざわざわしていたことを忘れない。  奏哉は人気があったので、クラスメートどころか学年全体に広がるのも早かった。  遠くから「ああ、あの子?」と何か言われたり、遠くから値踏みされるように見られた経験も1度や2度ではなかった。  それでもなにか被害があるわけでもなく、今じゃ日常のひとつとして受け入れられている。 「陽菜って、俺たちのこと親に伝えてる?」  帰り道の途中、不意に奏哉が聞いていた。今のところ、お互いの親には会っていない。   「うん、お母さんには彼氏がいるよって話はしてる。だからお父さんも知ってると思うよ。奏哉は?」  付き合って1か月くらい経ったとき、休日に奏哉とデートする前日に「実は明日デートなの」と陽菜は母親に話していた。  入学当時のなかなか友達ができないとき、頑張って笑顔を作ってはいたが、おそらく見抜かれていたのだろう。  彼氏がいると聞いた母は、『最近楽しそうだから良かった』とほっとしたように言った。  そういうと奏哉も安心したようだった。 「うちは……まだ言ってないんだよね、もしかしたら察してるかもしれないけど……うち離婚してて、母親しかいないんだ」  さらっと家庭の事情を話す奏哉に陽菜は驚いて一瞬言葉が詰まった。 「あ、全然深刻な話じゃないから気にしないで。小学生の頃で、もうかなり前だし。弟もいるんだけど、そのうち紹介する」  弟がいることはなんとなく今までの会話からわかっていた。でも思い返すと確かに父親の話を聞いたことはなった。  父親とは気が合わないのか、それとも忙しくてなかなか顔を合わせられないのかな、なんて勝手に思っていた。 「そろそろさ、陽菜の家に挨拶とか行った方が良いのかなと思ってて……うちも親にちゃんと話さなきゃなとも思ってるんだよね」  親に挨拶……そんな風に考えてくれてるなんて思いもしなかった。  奏哉は「誰かわからない人と付き合ってるより、こんな人間と付き合ってるってわかるだけでも安心してもらえるかなと思って」と言う。  本当にしっかりしてるなあと改めて感心する。  親を不安にさせているかも、なんてひとつも考えなかった自分に陽菜は少し呆れた。

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