透明な罪のゆくえ
43.帰りの憂鬱

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「陽菜ちゃん、最後に話をしていいかな」  翌朝、駅まで哲が見送ってくれた。そろそろ電車が来るかな、というときに、哲から声を掛けられた。  はい! と自分でも予想外の声が出て、それを見た奏哉と哲が笑っていた。 「陽菜ちゃんのお母さんのこと……本当に申し訳ないことをした。できることなら、久美さんに直接会って話がしたい。謝罪がしたい。でもそれは、久美さんにとっていいことかどうか、判断が付かない」  陽菜自身も、そう思う。奏哉に会って倒れてしまった母。実際に一緒に学校に通っていた哲と会った時、どういう反応を示すか陽菜には全く想像がつかなかった。 「だから……これを、陽菜ちゃんのお父さんに渡してもらえないかな。連絡先が書いてある。もしよかったら、連絡して欲しいと伝えて欲しい。久美さんのことも、陽菜ちゃんと奏哉のことも、自分にできることならなんでも協力すると、伝えて欲しい」  陽菜は哲から封筒を受け取った。 「……わかりました、父に伝えます」 「ありがとう」  直人はどういう反応をするだろう。もしかしたら複雑かもしれない。それでも、奏哉のお父さんがこんなにもいい人で、奏哉に対する思いが伝わってきたことを話したら安心して喜ぶだろう。直人が、陽菜と同じくらい、とは言い過ぎかもしれないけれど、奏哉のことをとても心配してるのを感じていた。きっと、悪い方向にはいかないはずだ。  電車が来ることを告げるアナウンスが流れる。 「陽菜ちゃん、奏哉と一緒にいてくれてありがとう。会えてよかった」 「私もです! ありがとうございました」 「奏哉、またいつでも連絡して来い」 「うん、また会いに来るよ」  そう言って、ふたりは到着した電車に乗り込んだ。  陽菜は見えなくなるまで哲を見ていた。ふと見上げると、奏哉も同じだった。  来るときの不安が嘘みたいに、心が軽くなっていた。 「奏哉、お父さんすごくいい人だね」 「……うん、来てよかった」  色んな問題は残ってるし、単純なことではないとわかっているけれど、「これからなにがあっても奏哉はひとりにならない」ということが、陽菜を勇気づけた。もちろん、陽菜や直人も力になるしひとりには絶対にさせないけれど、肉親である哲の愛情や責任感は、思った以上に心強かった。 「それにしても、奏哉そっくりだった! イケメンなおじさまって感じ。奏哉もきっとあんな感じになるんだろうねー」 「え、そんな似てた?」 「そっくりだよ!」  えぇーそうかなあ、と首の後ろを掻きながら照れたように笑う。  そんな他愛のない話をしながら、電車は昨日来た道を戻って行く。  最初は楽しそうにしていた奏哉が、乗り換えるたびに表情が暗くなっていくのに陽菜は気づいた。  帰りたくないのだろうか。奏哉の母親がしていたこと、奏哉についていた嘘が決定的になってしまった今、無理もないだろう。 「奏哉、大丈夫……? ちょっと休んでく?」 「いや、大丈夫」  乗り換えで次の乗る電車を待つときに声を掛けた。  これに乗れば、もう最寄りの駅まで一本で着く。 「不安? 吐き出していいからね、聞くくらいしかできないかもしれないけど……」  言いづらそうに何度か口を開こうとしてはやめ、そのうち電車が来て、「とりあえず乗ろう」と言う奏哉に続いて電車に乗った。  それがいいきっかけになったのか、奏哉がやっと口を開いた。 「実は……昨日からずっと、母親から着信とメッセージが来てて……」  と言って見せられたスマホの通知が、見たこともない数を表示していて陽菜は驚いてしまった。 「なにこれ!」 「ほんと、なんていうか純粋に……帰りたくないなあって思って。昨日と今日で色んな本当のことを知ってしまって、まだぐちゃぐちゃしてる中、こんな母親にぶつかる勇気がないというか……どうやってやりすごそうかと思って……今日どこか泊ろうかな……」  そう言いつつメッセージアプリを開く。  『奏哉、今どこにいるの』『連絡しなさい』『彼女の家って本当なの』『別れなさいって言ったでしょ』『早く連絡しなさい』……30件ほど、昨日から今までのメッセージが連なっていた。  哲から聞いた、『玲子の絶対に欲しいものは手に入れる』という話を思い出す。  玲子にとって、奏哉はまさにそういう存在であることを陽菜は改めて実感した。

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