頭の中がぐちゃぐちゃしていて、それを振り払いたくて奏哉は走っていた。 自分が言ってしまった言葉、取ってしまった行動から逃げ出したかった。 どこに向かうとも考えてはいなかった。 呼吸が乱れる。息が苦しくなる。 意味もなく学校の方面へ走っていたけど、学校へ戻るつもりもなかった。 ふと、陽菜と付き合うことになったきっかけの場所へ行く道が目に入り、坂を駆け上がった。特に意味はなかったが、走っていてもどこかで止まってしまう、止まるならそこがいい。 ベンチに座って一呼吸つく。 走って汗をかいていたが、徐々に体が冷えてくる。 もうすぐ日が落ちる。 まだ夕方から夜にかけては肌寒い。 もう花は大分散ってしまったあとの、葉桜が夕日に照らされていた。 今まで、奏哉は母親にも弟にも「いい兄」であったはずだった。 記憶に残るような大きなケンカもない。 また、陽菜に対してもこの1年弱、「いい彼氏」でありたいと思っていたし、そうであったと思っている。 それをすべて壊してしまった。 常々、人を責めるときはちゃんと話を聞くべきだと思っていた。 なのにあのとき、俯くばかりで話そうとしない遥斗に苛立った。 よりによって「いじめ」という理由にも、冷静にはなれなかった。 それを淡々と説明する母親にも怒りが沸いた。 だけど、母親の話と遥斗の話は別問題だ。 母親に対してのいら立ちを、遥斗にぶつけてしまった。 どんな理由があろうと、その態度は絶対に間違っていた。 遥斗の「嫌いだ」という言葉と、涙を流してにらみつける目が蘇る。 心の奥がずきりと痛む。 奏哉に怒鳴られた遥斗は、どんな気持ちだっただろう。 謝らなければ。 そうは思っても、これからどうすればいいのだろう。 呼ばれた声を振り切って家を飛び出し、今から家に戻って「ごめん」という勇気が出なかった。 奏哉は友達が多い方だった。 多い方だと思っていた。 クラスでは誰とも上手くやっていたし、誰かから特に嫌われるようなことをした覚えもない。 それなのに、こういうときに助けを求められる人が浮かばなかった。 どこかに遊びに行く? ひとりで? どこにも行く場所も思い浮かばなかった。 ずっと「優等生」としてやってきた奏哉には、こういうときの逃げ場がなかった。 相談する相手も、今日泊めて欲しいと言える人も浮かばない。 友達と呼べる人はいる。 でも、改めて考えると、相談したり頼ったことがない。 自分の弱みを見せたことがない。 両親が離婚してることを知ってる人は、高校のクラスメートにいただろうか。 急に寒気がするような怖さを感じた。 上手くやれてるなんて見せかけで、本当は、誰よりも独りなんじゃないかと思った。 足元に急にぽっかり穴が空いて、そこに落ちていきそうな危うさ。 同時に「その穴に落ちて行ってしまいたい」という衝動を感じた。 落ちて行ってしまえば、何も考えず、何もかもなかったことになるのではないか。 どうやったら落ちて行けるのか…… 落ち方すらもわからない自分に、呆れる。 「陽菜……」 そんな孤独な思いに囚われている中、頭に思い浮かんだのは陽菜だった。 傷つけてしまったと思う。 それもちゃんと謝れていない。 今陽菜が奏哉にどういう感情を持っているか、不安もある。 どんな顔をして会っていいかわからないのは陽菜に対しても同じだった。 だけど、陽菜に会いたい。 そう思った時、着信しているのに気づいた。 スマホを見たら陽菜の名前があった。 瞬時に、何も考えず通話状態にスライドして、耳にスマホを当てる。 「奏哉! ごめんね、話そう!」 返事をする前に、勢いのいい、救いの声が聞こえた。
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