六秒笑女 -Six Sec Girl-
【第10話】Mother

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 瀬田直人の  ぺちゃぽー盗用によって、  六秒笑女は世間で大注目された。    イケメンアイドル  瀬田直人イチ推し、  ネット界に突如舞い降りた  「謎の覆面女子大生ギャガー」。  各メディアから、たくさんの出演オファーが運営の僕のところにきた。  オファーが何社から来たのかを勘定すると、枚挙にいとまがない。  僕とほなみんは、オファーを断り、暫く静観するという手段を選んだ。    積極的にメディアに露出しない。  今、メディアにのっかると、直ちに消費されるコンテンツとなるだろうと僕は考えた。  若者の一過性のブームで終わるわけにはいかない。    短期間の一発屋ユーチューバーで終わるのではなく、できるだけ長きに渡り、また世代間を超えて全方位にリーチするんだ。  僕らの目的はカネじゃない。  目的は、ただ一つ。    ―ほなみんの、   お母さん探し、だ。  そして、彼女を  『六』の呪縛から解放してやるんだ。  もっともっと、  話題にならなければならない。  暫くは、静観路線でいくことにした。  ほなみんに、  この趣旨を説明した。 「六秒笑女は、  生きて帰ってくるんですねぇ!!!」  と鼻息荒く彼女は話していた。  おそらく。  彼女の頭の中では「静観」を  「生還」と解釈していたのだろう。  僕が説明した文脈から推定すると  全くもってありえない話なのだが、    ほなみんの、こういう真っ直ぐに間違って、恥じらいなく突き進んでいくところが、僕は大層好きだったものだから、面と向かって否定はできなかったんだよな。  ほなみんには悪いんだけれども、僕は彼女の話をスルーして、自分なりの戦略で六秒笑女をハンドリングしていった。    僕の目論見通り、  静観戦略は当たった。  瀬田直人は、  テレビでギャグをやり続ける。  これだけ社会で話題になっているのにもかかわらず、六秒笑女は一切メディアに露出しない。    ブレイク前同様、  毎週金曜日に粛々と  ギャグを更新するだけだ。    一方、  これだけ話題になってくれば、  様々なアンチコメントも出てきた。  六秒笑女同好会 @9時間前  《ぺちゃぽーは、ほなみんの   オリジナルギャグだろ?    瀬田が自分が考えたギャグ   みたいにテレビでやってるのが   腹立つわ。   パクられたほなみん、   カワイソじゃね?   運営もどう考えてんのかね?》  瀬田直人がギャグをやり続けることで、古くからの六秒笑女ファンが不満の声を上げることがあった。  こういうアンチを放置しておくと、後に、炎上の火種になりかねない。  僕は「ぺちゃぽーがここまで有名になったのは、瀬田直人さんのおかげでもあるので、ほなみん自身は、全く気にしてませんよ」というリプを、スタッフアカウントから返したりして、早めのケアを心がけた。  瀬田がテレビで、ギャグをやる。  ほなみんが、  ユーチューブでギャグをやる。  謎が謎を呼ぶ。  六秒笑女の正体とは?    彼女の真相は?   あらゆる妄想をする。  六秒笑女、実は男性説。  六秒笑女、アンドロイド説。  六秒笑女、宗教の教祖説。  六秒笑女、歌舞伎町の風俗嬢説。  六秒笑女、政治介入説。  六秒笑女、瀬田直人の自作自演説。  みんな、ミステリーが好きだ。  ドラマでも映画でも、警察や探偵モノのストーリーが大好きなのだ。  「真犯人は!?」と言いたい、一億二千万人の群衆だ。  僕の静観路線は、結果、その群集心理を巧みに操作することとなった。  謎が謎を呼ぶ。  マスコミや週刊誌にも取り上げられる。    バラエティ番組で、「ぺちゃぽー」を真似るタレントが出てくる。  SNS上で誰が始めたのか、  「ぺちゃぽー」リレー。  たくさんの人間が、顔面に黒帯を巻いて、お豆Tシャツを着て、ぺちゃぽー動画をあげて次の人へバトンを回す。  冷静に俯瞰すると、そのリレーは超シュールで笑える。  また、そのSNS上のリレーを地上波の情報番組が取り上げる。  六秒笑女は、  完全に正のスパイラルに入った。  上昇気流が上昇気流を巻き起こし、大きな渦となる。  俗にいう「売れた」という状態だ。  六秒笑女は、社会に  大きなブームを巻き起こしたのだ。         *  都内にあるお洒落なインスタ映えするカフェ。    僕とほなみんは、一番奥の席に腰をかけていた。  隣の席に、制服姿の女子高生5人。  スマホ片手に、キャッキャキャッキャ、はしゃいでいる。  静かな店であったので、彼女達のトークが店内に響きわたる。  ほなみんは、チョコレートパフェをもくもくと食べている。  まるでジェンガを楽しむような所作で、中段をスプーンでえぐり口へ運ぶ。  僕はホットコーヒーをすすり、女子高生の話題に耳を向ける。  どうやら自撮りをして、  動画投稿サイトにあげようとしているようだ。  音楽がなっているので、  おそらくTikTokかなぁ。  五人揃って、  左手の親指と人差し指で作った輪っかをマイ頬っぺたへ。  『ぺちゃぽー』    それに気づいた僕は、テーブルの上をトントンとノックして、パフェを楽しむほなみんに合図を送った。  彼女は女子高生をチラリとみて無反応。再び、パフェに集中した。 「ほなみんも、今や  ネットアイドルだね。  瀬田直人効果、半端ないなぁ」  黙々とパフェを食べるほなみんに、  僕は続ける。 「お母さん、  観てくれるといいなぁ」  ほなみんを喜ばせようとした  僕の言葉は、  不思議にも反対の結果を導き出した。    彼女がスプーンを  パフェに差したまま、  食べるのを中断し、溜息をはく。 「西野さぁん?」  少しご機嫌ななめの声だ。 「なに?」 「『ぺちゃぽー』、やめたいです」 「え?」  仏頂面のほなみんは続ける。 「もう『ぺちゃぽー』やりたくない」 「えぇ!? なんで?   これからって時に!  瀬田直人もテレビで  バンバンやってくれてるんだから」 「もちろん、瀬田さんには  感謝してますよぉ。  こんだけ、『ぺちゃぽー』が  流行ったのは  瀬田さんのおかげだもぉん。  これだけ有名になったら、  お母さんもどこかで  見てくれてるかもだし、  嬉しいですよぉ。  でも……、もう、  もうやりたくないのぉ。やめたい!」 「何で? 何でよ?   何でやめたいの?」 「今、流行ってるのは、  私の『ぺちゃぽー』  じゃないんですぅ!」 「いやいや、完全に、  ほなみんの『ぺちゃぽー』だよ!」 「違うのぉ!  『ぺちゃぽー』が有名になって、  勝手に一人歩きしてるのぉ!」 「はぁ……?   『ぺちゃぽー』の一人歩き……?」 「もう『ぺちゃぽー』が『ぺちゃぽー』のようで、お母さんとやってた頃の『ぺちゃぽー』じゃないのぉ!」 「え? どこがよ?  『ぺちゃぽー』は、  全然変わってないよ!」 「変わってますぅ!」 「どこがよ?」 「『ぺちゃぽー』の『ぺちゃ』の  言い方ぁ!   皆、全然違〜う」 「ごめん。俺、全然わかんないわ。  『ぺちゃぽー』の『ぺちゃ』?」 「全然違うんですぅ!」 「どういうことよ?   正解の『ぺちゃ』やってみてよ」 「こうですよぉ!  『ぺちゃ』ぽー」 「『ぺちゃ』ぽー?」 「違いますぅ!  もっと口を弾く感じで。『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「もっと強く! 『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「惜しい! 『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「もう一息! 『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「『ぺちゃ』」 「だめだ、ほなみん!   『ぺちゃ』言いすぎて、  俺、わけわかんなくなってきた  って!」 「西野さぁん!」 「皆がやってる『ぺちゃぽー』も、  ほなみんの『ぺちゃぽー』も  変わらねえって!」 「あー! もう投げやりに  なってるじゃないですか!   テキトー!」 「投げやりになんかなってないよ!  『ぺちゃぽー』は『ぺちゃぽー』  じゃん!」 「西野さんに『ぺちゃぽー』の  何がわかるんですか!」 「俺だって、『ぺちゃぽー』の事を  毎日考えてるんだよ!」 「『ぺちゃぽー』のこと、  もっと大事にしてあげてくださぁい!  もっと『ぺちゃぽー』を  見てあげてください!  『ぺちゃぽー』には『ぺちゃぽー』  なりの気持ちが」 「『ぺちゃぽー』『ぺちゃぽー』、  うるせーよ!!」 「……」  気まずい雰囲気が僕らを包みこむ。  カップルの口喧嘩のように映ったのだろう。    隣の女子高生達がコソコソ言いながら、僕らを見ているのがわかる。  取り乱した僕は、すぐに冷静さを取り戻した。 「ちょっと、取り乱しちゃったね。  ごめん。  俺もこのプロジェクトに  本気だからさ。  だから、ちょっと、  カッとなっちゃったんだよ。  ……いったん、落ち着くわ」 「……西野さん、  話変わるんですが、  聞いてもらえますぅ?」 「うん、何?」 「昨日の夜のことなんですがぁ……、  私ね」 「うん」 「……新ギャグを思いついたんですぅ」 「新ギャグ?」 「はい。昨日の夜、  新橋にいたんですけど、  泥酔しているサラリーマンの方々を  ぼうっと見てたら、  ものすごいギャグが  天から降ってきたんですぅ。  サラリーマンのおじさん達に  エールを送るギャグなんですよぉ!」 「そう……なんだ」 「とりあえず、次回の配信で、  新ギャグを試してもいいですかぁ?」 「駄目だよ」 「なんでぇ?」 「よく考えて、ほなみん?   新ギャグって、お母さん探し  関係なくなってるよね?」 「そうなんですけどぉ……」 「やらせてくださいぃ!」  「ダメだ!」 「やらせてくださぁいよぉ!」 「ダメ! 絶対ダメ!」 「西野さんの意地悪ぅ。プーっだ!」  二人は少しの間、沈黙。  僕は頭を少しクールダウンさせて、  彼女に問いかける。 「なんで、急に新ギャグ披露したい  ってなったのよ?」 「うーん……。  西野さん、  真剣トーク聞いてくれます?」  ほなみんの眼差しは、  急に真剣なものとなった。  僕はそれに応じた。 「ぺちゃぽーを毎週やっててね、  ファンの皆さんの反応見てるとぉ、  私嬉しくて」 「そうだね」 「元気をもらった、  明日から頑張れる、  ありがとう、とか  皆に言ってもらえると、  なんだかギャグやってて  良かったなぁって、  心から思える自分がいるんですよぉ。  それがとっても幸せで」 「そっか。そんな風に  心境の変化が、あったのか。   それで新ギャグね」 「そう。ぺちゃぽー、  だけじゃなくてね。  新しいギャグで皆さんに  元気になってもらいたい  気持ちになっちゃって」 「ほなみんさ。君のギャグはね、  人間を幸せにする  魔法みたいな力があるんだって俺  は思ってるよ。  俺も君のギャグに救われた。  君のギャグを見ているとね、  心がぽかぽか温かくなってくるんだ」 「ありがとうですぅ」 「ファンの人たちも、  俺と一緒だと思うよ。  うーん、そうだなぁ。  いつか、にしよう」 「いつか?」 「新ギャグは、いつか絶対やろう。  でも、ほなみん。  今はごめん。  ぺちゃぽーの1点で行こう。  今、新ギャグをすると、  今まで『ぺちゃぽー』の  一点張りだったのがブレてくるし、  そもそも、お母さん探しで  ギャグしているコンセプトも  変わってくる。  だからお願い。  今だけは俺の言うこと  聞いてくれないかな?   俺はね、ほなみんに、  お母さんと再会して欲しい  一心なんだ。  絶対絶対、お母さんと  会って欲しいんだよ。  そのために俺は、  六秒笑女プロジェクトを  必死でやってる。  だからさ、  今は大事な時期だからさ、お願い。  それが俺の気持ちです。  お願いします」 「……西野さん、ありがとうございます。  わかりましたぁ。  思いついたギャグは、  温存しておきますぅ」 「ありがとう、ほなみん」 「でも、お母さんと再会できたらぁ、  絶対、新ギャグ、  やらせてくださいね!」 「もちろんだよ」 「約束ですからねぇ?」 「あぁ」    ほなみんは柔らかい表情で、僕を見つめた。その透きとおった瞳に癒される。    彼女は優しい眼差しのまま、  自分のスマホを覗き込んだ。  そして、  数分後、絶叫。  癒し顔から180度、  方向転換した絶叫の表情。  彼女の突飛な行動をみていて、  永遠に飽きることなど  ないんだろうなって改めて思う。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 「何なんだよぉ……?   急にびっくりするじゃん!」 「に、に、に、西野しゃぁん……」 「今度は、どうしたのよぉ?」 ほなみんが少し震える。 「に、西野さぁん……  き、き、キタ……」  「何がキタのよ?   またテレビ番組の出演オファー?」 「ち、違います!」 「じゃあ、何なの?」  ほなみんの瞳孔は開いて、  声が震えていた。 「お、お、お……お母さん」 「……お母さん?」 「お、お母さんから……、  ツイッターにメッセージがきた」 「え!?」 「お母さんだよ!   西野さぁん!   アタシのお母さん!!」 「マ、マジで!?」 「マジ、マジィ!」 「ちょ! マジか!」  僕はテーブルから立ち上がり、向かい側のほなみんの隣の席に座った。    ほなみんが、大切そうに両手で握りしめたスマホの画面を僕は覗き込む。  ほなみんは「メ、メッセージを、読みますね?」と、それを読み上げた。  ーほなみ、ご無沙汰しています。 あなたの母親の荒牧涼子です。  テレビでギャグ動画を見た瞬間、  すぐに、ほなみだとわかりました。  だって、昔、大阪で  一緒にやってたギャグだもんね。  とても懐かしかったです。  あなたに連絡を取ろうか、  正直とても迷いました。  あの時。  あなたを捨てた私だから……。  私を恨んでるだろうな、  とも思いました。  でも、どうしても、ほなみと会って  話したいと思ったから、  思い切って連絡をしました。  もしよければ、今度会う機会を  作ってもらえませ……、  ほなみんは、  最後までメッセージを  読み上げることができず、  感極まって泣き崩れた。  僕は、ほなみんの肩を  そっと抱いた。   「ほなみん……良かったな」 「に、ニジのしゃぁん……。  ヒ、ヒック、ニジノ……さぁん……。  ズビません。涙が止バラナイ。  良かっだ……。  本当に……、良ガッタ……」  僕はもう一段階、  彼女の肩を強く抱きしめた。  強く強く。 「ほなみん……、  何言ってんのか、わかんねえよ。  喋るなら喋る、泣くなら泣く。 ……で……も、本当に良かった。  ……本当に良かったな、  ……本当……に……」  彼女の涙に、  僕もつられて泣いた。    隣の女子高生達には、公衆の面前でめっちゃ喧嘩して、速攻で仲直りして、泣いて抱き合うイタすぎるカップルだって思われただろうな。  それでもいい。  だって、ほなみんのお母さんが  見つかったんだもの。  僕は、ほなみんとお母さんが  二人笑いながら、  大阪のたこ焼き屋の前で  「ぺちゃぽー」をしている、  あの頃の絵を、  頭の中で夢想してまた泣いた。  第10話 おわり

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