六秒笑女 -Six Sec Girl-
【第3話】ギャグは命を救う

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 金曜日。  掛時計が夜8時を指す。  オフィス内に独り、仕事に精を出す僕。  今日は1週間を働ききった労働者達へのご褒美・金曜の夜だ。  僕が勤める広告代理店・辛抱エージェンシー。  働き方改革という政府の方針により、「金曜日は定時で帰ろうぜ!」という社内風土が根付き始めていた。  開放感に満ちた同僚達が、デートだの、飲み会だの、カラオケだの、と言って定時になるとそそくさと退勤。  みんな東京のネオンに、吸い込まれていく。 「今日の飲み会はナースだぞ。  西野くるか?」  チャラい先輩に誘われたのだけれども、僕は「仕事があるので」と断った。  今の僕にとって、大切な金曜日の夜に、そんな無駄な時間を使っている暇はない。    夜の10時には、帰宅していなければならない事情が出来た。  僕は、開いていたワードとエクセルデータの右上「×」印を連打でクリック。パソコンをシャットダウン。  机の上に散らかした筆記用具や手帳などの私物を、急いでカバンに詰め込む。  僕はオフィスビルを保安している守衛さんに「お疲れ様です」と言って、急ぎ足でオフィスを出た。  自宅の最寄り駅に着いたのは、夜の9時すぎ。  コンビニで、唐揚げ弁当とビールを買って自宅マンションへ帰宅。    風呂に入って、1日の汚れを落とす。  体を入念に洗って、自分を清める。    ユニクロのスウェットに着替える。  レンジでチンした弁当と、缶ビールを机の上に並べる。  そして、机に座りパソコン起動。  お気に入りから、お目当てのサイトへ。  デジタル時計の時刻は、夜10時を刻む。  予定通り、新着動画がアップされている。  僕は手慣れた手つきでそれをクリック。  期待した通りの、リアルお豆がプリントされたTシャツを着て、黒帯で目隠しをしている女子大生が画面に登場。  背景から推定するに居酒屋のようだ。    テーブルの上には、ビール、焼き鳥、キャベツ。  あ、グラスに見たことのある居酒屋キャラクター。    鳥貴族だ。    今日のギャグ配信は、  鳥貴族からの中継らしい。  3秒間、テーブルの横で直立不動。  左手の親指と人差し指で輪っかをつくり、自分の頬っぺたにもっていき、タコ焼きをつくって一言。 『ぺちゃぽー』  僕はニタリと笑う。  僕は、六秒笑女ほなみんのファンとなっていた。  しかも大ファン。  六女オタクと言っても過言ではない。  自殺関連サイトの海を、もがきながら泳いだあの夜。   『六秒笑女っていう  素人女子大生ギャガーが  ドラッギーすぎて神、クソワロタ』    というオタクライターの記事を偶然見つけて、それを経由し、僕は六秒笑女ほなみんと出会った。  ネット上で、ギャグをあげ続ける六秒笑女ほなみん。 彼女はこの世界で生きて、ギャグを配信している。  毎週金曜日。  律儀にギャグをあげる。  真剣に、ギャグをあげる。    平易な言葉を用いれば、  彼女に元気をもらったんだ、僕は。    毎週、飽きもせず馬鹿馬鹿しいことに、ど真面目に、ど真剣に、取り組んでいる彼女を見て、女に裏切られたくらいで自殺を考えている自分が情けなくなった。    こんなことで命を絶ってどうするんだ自分は。    馬鹿か、俺は、って思った。   毎週金曜日の夜に更新される彼女のオリジナルギャグ「ぺちゃぽー」という六秒動画。  繰り出されるギャグは、  面白いとは決して言えない。    いや、そもそも、  ギャグなのか、「ぺちゃぽー」は。    冷静に俯瞰すると、ギャグとして成立しているかさえ危うい。  こんなくだらない動画を毎週配信している女子が精一杯生きているのに、女に裏切られたくらいで死ぬな!  生きろや、俺!   って目を覚まされた。  生きる勇気をもらったんだ。  とりあえず僕は褌を締め直して、前向きに生きる、そう決めた。    生きるための指標というか、ペースメーカーにしようと決めたのが、六秒笑女ほなみんのユーチューブ動画だ。  月曜日から金曜日まで、お金のためじゃなくて、誰かの役に立つことを真剣にする。  自分なりに精一杯仕事をする。  一週間頑張ったご褒美に、僕はビール片手に、六秒笑女のギャグをつまみに打ち上げをする。  そして、土日にしっかり余暇を取り、また月曜日から仕事。  次の金曜日まで社会に奉仕をして、金曜日の夜にまた六秒笑女のギャグで打ち上げ。  僕は「毎週ギャグを見るために1週間生ききる」という超絶特殊な社会復帰プログラム生活を過ごした。  他人から見たら馬鹿にされること間違いなし。  画面の向こう側にいる六秒笑女ほなみんと、こんな生活を三ヶ月ほど過ごした。  おかげで、僕は無事に社会復帰することができた。  その頃には、自殺をしようなどという迷いも、心の中から消えていた。  前向きに生きることができ、仕事も調子を取り戻してきて楽しくなってきた。  どこの誰かもよくわからない女子大生が配信する六秒ギャグ動画に、僕は命を救われたのだ。  人生とはわからないものだ。  僕は会ったこともない彼女に感謝をした。    六秒笑女とのユーチューブ・リハビリ生活が三ヶ月を過ぎた頃、余裕がでてきた僕の頭の中に、ある疑問が膨張していた。       ―何故ゆえ、彼女は   ギャグを配信しているのかー  有名になってやろう。  目立つことが大好きだから、私に注目してもらおう。  バズらせて再生回数を稼いで、広告料を儲けてやろう。    そのような下心を、僕は六秒笑女ほなみんから感じることはなかった。  ユーチューブから、どこかしらのサイトに誘導するような動線も貼られていない。  ある程度の再生回数を稼いでいるのにもかかわらず、広告も貼られていない。  広告業界の端くれにいる僕は、一般的なユーチューバーからは、そういった下心をビンビンに感じる。  カネの臭いはプンプンと漂い、すぐバレてしまうものだ。  しかしながら。  六秒笑女ほなみんからは、カネの臭いは全くもってしないのだ。    ー『ぺちゃぽー』   何故?  ー『ぺちゃぽー』   何故ゆえ、ギャグをあげる?  ー『ぺちゃぽー』   目的は何?  ー『ぺちゃぽー』   なぜ、ストイックに  毎週ギャグを配信している?    ー『ぺちゃぽー』   彼女がギャグを配信するストイックの源泉を、僕は理解できないでいた。    そういった彼女のミステリアスさに、逆に惹かれていく自分がいる。    嗚呼、なんなんだろうか、この感覚。  どんどん惹かれていく自分。  ー『ぺちゃぽー』     黒帯で目隠ししているため、顔も可愛いのかどうかわからない。    ー『ぺちゃぽー』     体型だって、そこそこの巨乳なのだけれども、決してモデルみたいな美しい体型とは言えないし、だいいち、僕はそういうエロ目線で彼女を見ていない。  ー『ぺちゃぽー』   一言で表現することはできないのだけれども、あえて言うのであるならば、癒しなのかな。  何故だかわからないが、僕は彼女にある種の慰安を感じていたのだ。  六秒笑女ほなみんの事が知りたくなって、僕は調査を始めた。    ネットで検索をかけると、ツイッター、インスタグラム、フェイスブック、YouTube、TikTokなど様々なプラットフォームに彼女は存在した。  どれも、オタクファンが、勝手に拡散しているものが多いように感じた。  最も公式アカウントだろうと思われるのがツイッター。  140文字の世界に、六秒笑女ほなみんは存在していた。  素人女子大生ギャガー  「六秒笑女ほなみん」  本名不明。  年齢不詳。  フォロー数6。  フォロワー数4248。 『黒帯で目隠しをして、六秒ギャグをあげ続ける素人女子大生』    という尖ったコンセプトが、一部のオタクユーザーを刺激して盛り上がっているようだった。  このツイッターから  彼女のユーチューブ動画にとべる。  ギャグは、ご存知「ぺちゃぽー」の一点突破。    色々なギャグに手を出さない、彼女の潔さが人気に拍車をかけていた。  投稿頻度は、週に一度。  毎週金曜日の夜10時。  ほなみん人気のもう一つの要素が、採れたてのギャグをその場で発信する「生ギャグ配信」だった。  毎週金曜日の夜10時に、公園、居酒屋、駅のホーム、カラオケボックス、トイレの中など、ほなみんはどんな状況であれ「生ギャグ」にこだわり、六秒動画を生配信し続けていた。  僕が調べることができたのはここまで。    彼女についてネットに転がっている情報は、全てチェックしたと思う。    しかしながら。     ー彼女がギャグを配信する理由ー    これが今もわからない。  六秒笑女ほなみんに対する僕のミステリアスは、どんどんどんどんと膨張していった。         * 「皆さん、おはようございま~す!   只今より、  スタッフ朝礼を始めます!」  岸本部長の発声に続き、僕たち部下は軍隊のように大きめの声を揃えて「おはようございます!」と返す。  弊社はチャラそうな広告代理店のくせして、結構な体育会系の会社なのである。  僕は広告代理店・辛抱エージェンシーの企画部という部署に配属されている。    企画部は、広報用の製作物を作ったり、音楽や演劇イベント、また行政や企業などの各種イベントをプロデュースする仕事を担当している部署だ。  毎朝9時30分に、スタッフ朝礼がある。スタッフ一同で円陣を組む。  岸本部長の有難きお言葉を拝聴する事から、僕らの仕事はスタートする。 「今日は皆さんに、  新しい仲間を紹介します!  荒牧さん、少し前へ」  荒牧と呼ばれる彼女は、部長に促されて少し前にでた。   「今日から勤務してもらうことになった  アルバイトの荒牧さんです。  簡単でいいので、  自己紹介をしてくれるかな?」  荒牧と呼ばれる女性は、笑顔で頷いた。僕は何気なく彼女を見た。  ぱっちり二重でクリクリした瞳。  透明感のある化粧っ気。  色白の肌。  背中にかかるくらいのツヤツヤなブラウン髪。  笑うと頬っぺたに、えくぼ。  そして、そこそこの巨乳。  うん。  めちゃめちゃカワイイ。  大学生くらいだろうか。  若さが迸っている。  もう一度だけ、胸元に目がいってしまう。  僕が、もう一度、彼女の胸に目をやった瞬間、僕の全身にビリビリと衝撃が走った。  そこそこ大きな胸だからという理由で、衝撃が走ったわけではない。  其の衝撃は、荒牧と呼ばれる女性が着用していたTシャツの胸元にプリントされた、見たことのあるデザインのせいだ。  そのデザインとは、  ーお豆Tシャツー  お豆くんとか、お豆ちゃんのようなキャラクター的なことではない。  ガチガチリアルな実写お豆が、Tシャツのど真ん中にプリントされている。    全身に衝撃が走りきった後、気づけば、僕は独り言を発していた。 「六秒笑女!?」   第3話 おわり

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