ギャグで命を救う。 ギャグで世界を変える。 そんな馬鹿げた事、 そもそも できなかったのかもしれない。 僕らは、瀬田直人を。 彼、彼女たちを 救うことができなかった。 天を仰ぐ僕。 泣き崩れるほなみん。 武道館は、 泣きたくなるほどの静寂に包まれた。 ーザワザワ、ザワザワー しばらくして、 会場がざわつきだした。 ステージから観客を見渡すと、 スマホ画面を 見せつけて何かを叫んでいる。 会場からの四分五裂な叫び声が、 いつの間にか、 ほなみんコールに変わった。 観客たちがスマホを片手に、 ほなみんコール。 たった今まで、 てんでんばらばらだった会場内が 再び一致団結。 「ほーなーみーん!!!」 「ほーなーみーん!!!」 「ほーなーみーん!!!」 泣き崩れていた ほなみんが、 立ち上がって会場内を見渡す。 僕は舞台上に落っことした スマホを慌てて拾い上げて、 瀬田直人のツイッターを確認。 「あ、あ、あわわわわ」 僕は、速攻で、 ほなみんに スマホの液晶を見せつける。 彼女が、 黒帯の隙間から スマホ画面を覗き込む。 瀬田直人・公式ツイッター@2分前 《六秒笑女ほなみん。 久しぶりに 君のギャグを拝見しました》 「瀬田さん?!」 ほなみんの声が裏返る。 瀬田直人・公式ツイッター@1分前 《六秒笑女ほなみん。 君のギャグのせいで、 瀬田直人は死にました》 瀬田直人・公式ツイッター@40秒前 《死んだのは、 今日までの瀬田直人です。 そして……》 瀬田直人・公式ツイッター@20秒前 《明日から。 生まれ変わった 瀬田直人は、 生き続けることにします》 瀬田直人・公式ツイッター@10秒前 《六秒笑女ほなみん。 君のギャグは、 めちゃめちゃ、くだらないです。 でも、生きる希望を もらえました。 最高です。ありがとう》 瀬田直人・公式ツイッター@6秒前 《ほなみん。 ギャグをパクった事、 今度謝りに、 いきます》 瀬田直人・公式ツイッター@6秒前 《今度謝りに、 生きます》 「や、やった。 やった、やった、 やった、やったー!!! 西野さぁぁぁぁん!」 「ほーなーみぃぃぃぃぃん!! よっしゃー! よっしゃー! よっしゃー!!!! よっしゃー!!!!」 僕とほなみんは、 泣きながら力強く抱き合った。 強く強く、 抱き合った。 瀬田直人が表明した 「生きますツイート」は、 たくさんのフォロワーに リツイートされ、 拡散が拡散を呼んだ。 テレビやネットなど 各メディアにおいても、 瀬田の呟きをリアルタイムで 取り上げて、 それはまさしく 世界中に拡散された。 瀬田直人と共に 自殺予告をしていた 自殺志願者であった コアなファン達も、 瀬田のツイートをトリガーとして、 「生きますツイート」を発信。 瀬田直人ラブツイッター @6秒前 《私も瀬田さんと生きる。 生き続けるんだよ!》 瀬田十字軍・ツイッター @6秒前 《生きる! 生きる! 生きる! 生きる! 生きまくってやる!》 ゆっこツイッター @6秒前 《瀬田ちゃんも ほなみんも素敵。 アッシも生きる! 生き続ける!》 東京六道会・ツイッター @6秒前 《声明。 瀬田直人よ、よく生き残った。 我々は大きな間違いを していたのかもしれない。 希望をありがとう》 りょーこツイッター @6秒前 《瀬田くん、最高! 六秒笑女ほなみん、最高! 泣いたよ! マジで》 その日。 ハッシュタグ《♯生きます》 ツイートが、ネットの世界で 無限の広がりを見せた。 誰かが《生きます》をツイートし、 そのツイートを リツイートする者が現れて、 そのリツイートした者が またリツイートされ、 《生きます》ツイートは、 青い地球を 縦横無尽に駆け巡った。 * 6月6日。 僕はカフェの テラス席に座って、 熱々のグアテマラを味わう。 一番奥の席には、小綺麗な 中年女性が優雅に紅茶を飲みながら、 スマホをみている。 向かいの席には サラリーマン風のスーツメガネが ノートパソコンを広げ、 お堅い表情をして カタカタ忙しそうに仕事をしている。 僕はテラス席に座って、 街の人々を観察するのが大好きだ。 たくさんの人々が、 僕の目の前を通り過ぎていく。 皆、それぞれの 人生を生きている。 それぞれがそれぞれの悩みや 問題を抱えながら、 繰り返される毎日を生きている。 そんな風に想像すると、 本当に人間ってすごいなって 考えに帰着する。 最後には 人間讃美的な考え方になる。 僕はこの テラス席が好きだ。 あの日。 ゴザむしりBOYZの 武道館ライブで起こった、 一連の事件を、 世間では「六女事変」と呼び、 一人の女子大生のギャグが、 何百人もの命を救った 伝説の一日とされた。 「六女事変」から 一ヶ月が経ったのだけれども、 僕にとって、 どうもあの日のことが 未だに夢のような話で、 自分が騒動の当事者である実感は、 湧かなかった。 瀬田直人の芸能界復帰は、 まだまだ 先になるようである。 瀬田直人は 公式ツイッターを再開しており、 現在復帰に向けて、 体調を調整中だそうだ。 ファンに向けて、 日々、前向きなツイートを 発信している。 再び芸能界に復帰できるように、 鈴原社長と二人三脚で 頑張ってほしい。 ゴザむしりBOYZは、 あの日、伝説の パンクロッカーとなった。 武道館ライブに 集団自殺事件の渦中にいる 六秒笑女を出演させて、 瀬田直人らを救うことに 貢献したジャニス北河原。 男の中の男として、 彼はメディアに引っ張りダコ。 新たなファン層を 獲得した。 最近では、 ビールのCMまでやっている。 来月、リリース予定の ニューシングルのタイトルは、 「Boy meets ぺちゃぽー」 らしい。 ほなみんが素直に喜んでいたから、 権利的な問題には 発展しないとは思う。 六女事変の首謀者・西野はというと、 辛抱エージェンシーで課長に昇進、 岸本部長は常務取締役に 大抜擢されることになった。 電波ジャックという、 ほぼ犯罪行為のような 僕の破天荒な行動は、 辛抱エージェンシーの役員達から、 「大いなる挑戦をした社員」として、 岸本部長は 「その社員を育成した偉大な上司」 として賞賛された。 僕と岸本部長は、 辛抱エージェンシーの 坂本龍馬と勝海舟と呼ばれた。 もちろん、そんな良い代物ではない。 嗚呼、恥ずかしい。 物は言いようである。 そして、 我らが、六秒笑女ほなみん。 彼女は、 六女事変の数日後、 こんなツイートをした。 六秒笑女ほなみん・ 公式ツイッター@1日前 《皆、あの日のこと。 ほんとに、ありがとう。 六女事変のこと、 あたし一生忘れないから。 モチのロンで、 私もイキイキと 生きて生きますよぉ! これからも皆に、 ギャグを届けて生きまぁす。 6月6日。 午後6時6分6秒。 新ギャグ発動。 新橋の泥酔サラリーマンに捧ぐ。 進化した六秒笑女を その眼に焼きつけろ》 ほなみんの決意の ツイートを見たとき、 僕は泣いた。 あの頃の僕は、 そこそこで生きて、 そこそこで死んでいくんだと 思い込んでいた。 でも、違った。 ほなみんと出会って、 人生を一生懸命に生きる、 という素晴らしさを知った。 やると決めた大いなる挑戦を 成し遂げることができた。 少しでも彼女の役に立てた自分、 誰かの役に立てた自分。 ツイートを見ながら、 今の自分を誇りに思えた時、 僕は、 泣いた。 グアテマラに口をつけて、 腕時計を見た。 時刻は、 午後6時5分。 鞄からイヤホンを 取り出して装着。 液晶をタップして、 六秒笑女・公式チャンネルを起動。 ー思えば。 出会った頃、 ほなみんは、 この画面の向こう側にいた。 彼女のギャグは、 僕を救った。 後に瀬田直人を含めた、 何百人もの命を救った。 六秒笑女ほなみんは、 ギャグで世界を変えたんだ。 ギャグで世界を変える。 スマホ一台あれば、 誰にだってできるかもしれない。 やれる。 君にだってやれるんだよ。 テクノロジーが、 そんな世の中を創った。 さぁ、既成概念に 閉じこもってないで、 言い訳ばっかしてないで、 君もやってみたら? ギャグで、 世界を変えてやろう。 スマホ一台あれば、 君にだってできる。 僕は、 体験したからわかるんだ。 そう。 次の六秒笑女は、 君なのかもしれない。 ー君のギャグは、 世界を変えるのかもしれない。 6月6日。 午後6時6分6秒。 予告通り、 六秒笑女ほなみん 公式チャンネルが更新される。 僕は、三角形の 再生マークをタップする。 画面の向こうで、 黒帯を装備した お豆Tシャツ姿のほなみんがいる。 ほなみん、 直立不動。 全世界の時が止まる。 そして。 新ギャグ、発動。 ―♪食べ過ぎ、飲み過ぎ、 胸焼けニャンニャン♪― 所作① 両手で食べ物を たくさん 食べるような所作をして 「♪食べ過ぎ♪」 所作② 左手は腰。 右手で生ビールのジョッキを 持って一気飲みの所作をして、 「♪飲み過ぎ♪」 所作③ そこそこ豊満な胸を 下から支える位置に 両手を配置。 胸を数回持ち上げるような 所作で、 「♪胸焼け♪」 所作④ 両手を頭の上に 持っていき猫の耳を作って、 ひょいひょいと 指を動かす所作で、 「♪ニャンニャン♪」 この所作①〜④の動きを、 繰り返して、リズムに乗せて、 「♪食べ過ぎ、飲み過ぎ、 胸焼けニャンニャン♪」 この①から④の動きを繰り返して、 リズムに乗せて、 「♪食べ過ぎ、飲み過ぎ、 胸焼けニャンニャン♪」 この①から④の動きを繰り返して、 リズムに乗せて、 「♪食べ過ぎ、飲み過ぎ、 胸焼けニャンニャン♪」 「♪食べ過ぎ、飲み過ぎ、 胸焼けニャンニャン♪」 「♪食べ過ぎ、飲み過ぎ、 胸焼けニャンニャン♪」 「♪食べ過ぎ、飲み過ぎ、 胸焼けニャンニャン♪」 「♪食べ過ぎ、飲み過ぎ、 胸焼けニャンニャン♪」 「♪食べ過ぎ、飲み過ぎ、 胸焼けニャンニャン♪」 僕はカフェのテラス席で、 六秒笑女の新ギャグを堪能した。 何度も何度も、 動画を再生して、ギャグを見た。 このギャグに対しての、 西野の感想を正直に自白する。 ー全く、 意味がわからないー このギャグが決して 上々の出来ではないことを、 ここに重ねて自白する。 でも。 でもね。 ほなみんのギャグってさ。 心が、 ぽかぽかしてくるんだ。 幸せな気持ちになるんだよ。 明日から頑張って 生きようって思えるんだ。 そうだ。 これが、ほなみんの 魔法みたいなチカラなんだ。 これこそが 「六秒笑女ほなみん」なんだ。 目の前のサラリーマン風の スーツメガネが、 スマホ画面を食い入るように見た。 瞬間、彼の堅い表情は崩れて ニヤリと笑った。 奥の席のスマホ画面をみていた 中年女性が笑った。 目尻のシミが三日月の形になって、 優しい眼差しとなった。 僕はテラス席から再び、 街行く人々の観察を始めた。 たくさんの人々が、 僕の目の前を通り過ぎていく。 皆、それぞれが それぞれの 人生を生きている。 人々の中に流れる 「六秒」という刹那を、 僕は、 じっと見つめていた。 最終話おわり
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