六秒笑女 -Six Sec Girl-
【第12話】ラストツイートと六ロス
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 ーほなみんの前に、   姿を現した母親の目的。  それは僕らが期待したものとは程遠く、超ドライに金目当てだった。  金を貸してくれと言われ、ブチぎれて母親の顔面にキャラメルマキアートをぶっかけたほなみん。  泣きながら駅の方へ消えていった彼女に、僕は声をかけてやることすらできなかった。  その夜、彼女に電話をしてみたが繋がらなかった。  ぶっかけ事件の翌日、ほなみんは仕事を無断欠勤。  それ以後も会社に姿をみせなかった。    会社に届出されていた緊急連絡先に、心配した岸本部長が何度も連絡をいれたが全く繋がらず。  もちろん、僕からも個人的に連絡したが、携帯の電源はオフ状態で、LINEも一向に既読がつかない。  ヤキモキしながら迎えた、  金曜日の夜。  いつものぺちゃぽー動画が、投稿されることはなかった。  毎週コンスタントに投稿されていた「ぺちゃぽー」の更新記録が、1年3ヶ月で止まった。  公式ツイッターが、1件のツイートを発信。    そのツイートを最後に、六秒笑女はこの世界から姿を消した。  六秒笑女ほなみん  公式ツイッター @6秒  《皆へ。六秒笑女は   大きくなりすぎたナリ。   ここらでサクッと   引退することに   決めちゃいました。   六秒笑女ほなみんは、   普通の女の子に戻りまぁす。   今まで応援してくれた皆、   急にごめんね。   ありがとう。   グッバイ、さよならアディオス、   また会う日まで。   ララララ、ヘイ!》  80万人を超えるフォロワーにラストツイートを発信し、人気絶頂の中、六秒笑女ほなみんはネットの世界から引退した。  イケメンアイドル瀬田直人をトリガーにして、この日本である種の社会現象とまでなっていた六秒笑女。  彼女の引退は、各メディアで大々的にニュースとして取り上げられた。     各方面から、彼女の引退を悔やむ声が上がった。  さゆりツイッター @11時間前  《え? マジ?    ほなみん引退?    マジかよー!? 衝撃》  竜チョビ @9時間  《なんで? なんで?    六秒笑女、急に引退?    何があったの?》    黄昏のエクスツイッター @5時間  《毎週、金曜日の   楽しみがぁぁぁぁぁ!!    つらたん》  コモちゃん @2時間  《ほなみんのお母さん探しは、   どうなった?    まさか嘘だったとか》  突然の引退騒動がもたらした社会の喪失感は、僕が予想する以上のものであり、    世間では、『六ロス』という言葉さえ飛び交うようになった。  通勤電車に揺られる僕。  隣の大学生達がしゃべる声。 「ニュース見た?  ほなみん、引退だって」 「みたみた。めちゃショックだし。  まわり、みんな六ロスだよ」 「理由は発表してないみたいじゃん?」 「絶対、何かあったんだろな?」 「当たり前じゃん!  こんだけバズってるのに、  急に引退するなんて意味わからんし」  ーバズってようが、   バズってなかろうが、   お母さんと会えたんだから、   引退するんだよ!   ちくしょう!    できるもんなら、   説明してやりてーよ……。  会社で仕事をしている僕。  休憩中の女子社員がしゃべる声。 「あんたも六ロスなの?  みんな、ほなみん好きだよねぇ」 「私、ぺちゃぽー、ハマってたもん」 「ねぇ、引退についてどう思う?   私はね、絶対オトコだと思うよ」 「そうかなぁ」 「オトコできてさ、  どうせそいつが  『ギャグなんてやめろ』って  言ったんだって。  ほなみんって20歳やそこらでしょ?  そのくらいの女子なんて、  どうせそんなもんだって!」 「あはははっ。そだね〜」  ーだから違うって!   そんな薄っぺらい理由で、   ほなみんが   引退するわけないじゃん!   これまで、どれだけ真剣に、   ぺちゃぽーやってきたと   思ってんだよ!!   あー、言い返してやりてぇ!    ちくしょう!  僕はスマホを見る。  ネットには六秒笑女のことばかり。  ー六秒笑女引退の謎に迫る   討論番組、今夜6時から   生配信スタート!  ーお笑い芸人・ピーマンズの   不満爆発。「六秒笑女に物申す!    引退理由を言え!    それは社会的責任だ」  ー人気若手女優・岩倉もえな、   お昼のワイドショー番組で   衝撃発言「六女引退で六ロス。   もはや来週から、瀬田さんの   ぺちゃぽー見るしかない」    ー若手IT社長・北澤のぶゆきが語る   「六秒笑女がバズった理由と    引退戦略」  ほなみん引退の反響は驚くほど凄まじく、    80万人のフォロワー、一般人、芸能人、文化人、起業家などあらゆる人間が、様々なところで六秒笑女を取り上げた。  皆こぞって、ほなみん引退の理由を知りたがった。    引退理由を憶測し、卑猥なことを言い始める者までいる。  ほなみんの人格を否定する者さえ出てきている。  どうしたらいい?  僕は、どうしたら?  引退した理由は、お母さんとの再会なんだよ!  あの時の再会がショックだったんだよ!  でも、そんな真相言えるわけねえし!  ちくしょう!  どうしたらいいんだ?  くそ! ちくしょう!  社会の喪失感は、ほなみんの引退から一ヶ月が過ぎようとしても一向に収束しなかった。  僕は、相変わらず、失踪したほなみんと連絡は取れてはいない。大学にも出席していない。  彼女はどこにいるのか。  無事なのか。    心配が心配を追い越して、もしかして命が……、と黒いイメージを膨らませてしまうことが妥当なくらいの期間がとうに経過していた。  僕の頭は、ほなみんのことばかり考えていた。    つけっぱなしにしていたテレビに、レギュラー出演する瀬田直人。  瀬田がテレビに登場すると、挨拶がわりに「ぺちゃぽー」をすることが瀬田ファンや世間の間でお約束になっていた。  瀬田は、相変わらず、  テレビで「ぺちゃぽー」をやった。  瀬田の「ぺちゃぽー」を、  ぼうっと見る僕。  僕は再びパソコンの液晶に向き合う。  画面の向こう側に落ちているかもしれない彼女への手がかりを探した。  ほなみん親衛隊ツイッター @1日  《ほなみん引退したのに、   ぺちゃぽーやり続けてる   瀬田ってどうよ?》  ナポリタンが主食ツイッター  @21時間  《そもそも瀬田のギャグ   じゃないじゃん。   ちょっと違うよね?》    むっさんツイッター @5時間  《瀬田のぺちゃぽー、   もういいな》  ラッキーぱんだツイッター @1時間  《瀬田のぺちゃぽー、軽い。   面白くない》  ぺちゃぽーをやる瀬田への非難ツイートが、ここ最近、増えた。  ほなみん失踪の余波が、じわりじわり瀬田直人へ向かった。  社会っていうのは、  いつも理不尽で臆病だ。  根も葉もない噂を、  あたかも真実のように騒ぎ立てて、  誰かを敵に見立てて、  大衆で包囲して攻撃する。  己の娯楽が奪われた事に対する  失望や憎悪だけが膨張し、  そしてその矛先を探す。  「悪を裁け! 悪を裁け!」  と最も感情移入しやすい、  手っ取り早い標的を見つける。  そして、  集中攻撃という快楽。  ―集団リンチ、   皆でやれば怖くない―  これがいつもの世情なのだ。  ある日、  ひとりの六秒笑女ファンの  糾弾ツイートがバズった。    六秒笑女同好会 @6時間前  《六秒笑女ほなみんの引退は、   ぺちゃぽーをパクった   瀬田直人の責任だろ。   今も我が物顔で、   ぺちゃぽーをやり続ける   瀬田の罪は重い》  この糾弾ツイートを、  たくさんの人間がリツイートした。  情報ソースの確認などは、  どうでも良いのだ。    その瞬間の感情だけで、  皆、ワンタップで無責任に拡散する。  悪意なきそのリツイートに、  拡散が拡散を呼ぶ。  この糾弾ツイートに便乗するように、  六秒笑女ファンが、更に無責任な、  アンチ瀬田ツイートを呟く。  ほなみん親衛隊ツイッター @1日  《六女消失は瀬田の責任。   この犯罪行為を許すまじ!》  のり巻きツイッター @5時間   《瀬田、キモイ、氏ね。   もういい。乙。》    騎士団ツイッター @1分  《瀬田、ほなみんを   犯したらしいよ。   で、傷心したほなみんは、   消えたんだって。   ヤツに裁きを。天誅を。   処刑せよ(白目)》    祐介ツイッター @30秒  《瀬田氏を通報しますた。   六ロス……、グフっ!》    マコトツイッター @10秒 《瀬田。ほなみんを返して。   はやく返してよ。返せよ!》  矛先は、ほなみんのギャグをパクった瀬田直人を捉える。  テレビでワイドショーをつけると、連日の如く「六ロス」と騒ぎ立てられている。  六秒笑女の失踪がメディアで取り上げられ、それが高視聴率に変わる。  それくらい六秒笑女の社会的影響は、大きなものになっていた。  ネットにとどまることなく、テレビの各種報道にも飛び火し始めた現象。  炎上という名の其の火の手は、  瀬田直人を、  どんどんと追い詰めていった。         *  昼間のワイドショー番組。    瀬田直人の事務所前で、中継のスタンバイをする報道陣が放映される。  司会者が「現場の池尻さーん?」と振ると中継が繋がり、状況を現場アナウンサーが報道する。  事務所前に到着する、  黒塗りのワゴン車。  車から降りてきたマスク姿の瀬田直人を囲む取材陣。  赤、黒、シルバーなど無数のICレコーダーを向けられて、まるで大罪を犯した犯罪者のように映し出される瀬田直人。  彼は取材陣を避けるように足早に歩き、事務所の中に入ろうとする。  フラッシュに照らされ胸元で光る、十字のネックレスが、激しく揺れる。  記者達が矢継ぎ早に、無数の質問を浴びせる。 「瀬田さんがギャグを  盗用したショックで、  六秒笑女ほなみんさんは  引退したとされていますが、  どうなんですか?」 「現在の瀬田さんの  心境を教えてください!」 「どのように、  責任をとられますか?」 「瀬田さん、ほなみんさんに  性的暴行をくわえたという報道は  事実なんですか?」 「コメントをお願いします!」 「六秒笑女とお付き合いされていた、  という報道は事実ですか?」 「瀬田さん!   逃げるんですか?」      群がる記者が浴びせる質問には応じず、事務所ビルの中に消えていく瀬田直人。  僕は一連の報道を見ながら、自分が六秒笑女のブレイクの一翼を担ったことについて、かなりの罪悪を感じ始めていた。  もしも自分が六秒笑女の運営に携わっていなかったら、瀬田直人はこんな事件に巻き込まれていなかったのかもしれない。    ほなみんも、失踪しなくてよかったのかもしれない。  僕は自宅のベッドに寝そべりながら、 「……マジで、どこ行ったんだよ、  ……ほなみん。   早く戻ってこいっつーの」  と願い事のような独り言を、天井にブツけた。                 *  六秒笑女関連ツイートには、  「瀬田に裁きを!」  「瀬田に天誅を!」  というような過激なツイートが散見されるようになった。  その大きなうねりの中、  古参の六秒笑女ファンの過激派が、  ネットの世界で「東京六道会」  という組織を結成した。    東京六道会・公式ツイッター @6秒  《此処に「東京六道会」を   結成する。   我々の目的は、   聖なるギャグ「ぺちゃぽー」を   瀬田直人の手から奪還すること。   六の意思を   継ぐ者たちに告ぐ。   今こそ立ち上がる時がきた。   覚醒セヨ》  一方、瀬田直人のファン達は、瀬田擁護派として叫び出していた。  「瀬田くんは悪くない!」  「瀬田直人に罪はない!」  という主張を繰り広げる瀬田のファン達。    この日本で神がかり的な人気を誇っていたアイドルであったので、  次々とコアなファン達が立ち上がり、団結して瀬田擁護の反論を繰り返した。  瀬田が気に入ってよくつけていた十字架のネックレスから、世間は、徹底した擁護派を「瀬田十字軍」と呼び、  「東京六道会 VS 瀬田十字軍」論争は、日々ネットニュースに取り上げられた。    六秒笑女をトリガーに勃発したこの社会現象は、もはや僕には迂闊に手の出せない現象となっていた。  しばらくして、瀬田直人が所属するタレント事務所から、休業宣言の発表があった。  理由は、病気療養によるとのことだった。  この発表をうけて、前々から自分の責任を感じていた僕は、じっとしていられなくなった。  何かしら動かなければならない、漠然とそう考えていた。  炎上文化が染みついてしまったこの社会は、大きな勘違いをしている。  ほなみんが引退した責任を、瀬田直人に無理矢理に押し付けようとしている。  しかし、違う。  社会が決定しようとしている真実とは、全く異なる真実を僕は知っている。  六秒笑女の「引退」は、母親と再会することができたという目標達成によるものが大きいだろうし、   「失踪」について言えば、母親とのキャラメルマキアートなトラブルが最大の原因だ。  もちろん、世間はそんなことを知る由もないのであるが、    何の罪も犯していない瀬田直人が叩かれていること、それがとても気の毒に思う。  何だったら彼に対して、僕とほなみんは、六秒笑女をバズらせてくれてありがとう、という感謝の念をもっているくらいなのに。  この状況下で何も動かない自分に対して、僕は罪悪を感じていた。    西野泰博が、六秒笑女のブレイクに加担したのは紛れもない事実だから。  僕は動くことを決意した。  とりあえず瀬田直人に直接会って、事の顛末を語ろうと考えた。  僕には、一部始終を説明する義務があると思ったから。  彼に真実を知ってもらいたい。  ほなみんの引退は瀬田のせいではないと。    間接的とは言えども、六秒笑女のことで、彼に対して迷惑をかけていることを僕は謝りたいと思った。  瀬田直人の事務所に電話してみた。  しかし、一向に繋がらない。  マスコミからの電話が殺到して、その対応に追われているのだろう。  僕は作戦変更し、メールを送ることにした。  メールには、  自分は辛抱エージェンシーの社員である旨、どういう経緯でこのメール送信に至ったのか、    そして、自分が六秒笑女プロジェクトの首謀者であること、    瀬田直人に謝罪し、真実を話したい旨を記した。  メール送信から1週間後、僕のスマホが着信した。  電話をかけてきたのは、鈴原志保という女性社長であった。  瀬田直人をマネジメントする事務所社長からの直々の電話であることが、現状の事態が逼迫していることを象徴した。  彼女いわく、瀬田直人は精神的にヤラれていて、相当疲弊しているらしかった。  入院が必要かもしれない鬱的な状態らしい。    その電話から3日後の夜に、僕は鈴原社長同席のもと、瀬田直人と面会することになった。  僕は、いろんな事が  怖くなっていた。  巨人のように、  大きくなりすぎた六秒笑女。  六秒笑女は独り歩きし、  様々な人を巻き込み、  呑み込んでいく。  僕は、いろんな事が  怖くなっていた。  不安が  身体中を支配した。  僕はそれに抗うように、  ある魔法の言葉を頭に浮かべて、  それにすがった。    ー『ぺちゃぽー』     ほなみん、今、どこにいるの?  ー『ぺちゃぽー』   何をしているの?  ー『ぺちゃぽー』   この現状をどう思ってるの?  ー『ぺちゃぽー』   会いたいよ、ほなみん。    ー『ぺちゃぽー』     僕は彼女の「ぺちゃぽー」に  すがった。  あの日のように、  彼女のギャグに救われたい。  不安な気持ちと  「六秒の希望」を胸に抱きしめて、  夜空に浮かぶ月を、  僕は見ていた。  第12話 おわり
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