「あなたが、西野さん?」 「……なぜ、 僕の名を?」 女の視線は、 僕から横にスライドして、 ほなみんを捉えた。 「あなたが……、 六秒笑女ね」 「あなたは、誰なんですか!?」 「私は北園舞子と申します。 ゴザむしりBOYZの マネージャーです」 北園舞子が発する 言葉のリズムは、 秒針のように至極一定である。 「マネージャー? なぜ? ゴザむしりのマネージャーが」 「この女性が、六秒笑女……。 ギャグをやるようには 見えないわね」 「なぜ、それを 知っているんですか?」 「話は全て聞いております。 ステージへご案内します。 こちらへ」 そう言うと、 北園舞子という女性は、 そそくさと僕らの前を歩き出した。 はてな状態な僕とほなみんは、 訝しく思いながらも、 北園舞子の凜とした言葉に従って、 後ろに続く。 僕は彼女に シンプルな疑問を問うた。 「北園さん? もう一度聞きます。 なぜ僕らのことを 知ってるんですか?」 「指示があったのよ」 「誰の指示なんですか?」 「岸本さんよ。 辛抱エージェンシーの岸本部長」 「部長!?」 「そうよ。 西野という男性が、 六秒笑女を連れてくるから ステージに案内しろと」 「なんで北園さんに……」 「まずは、 これからの段取りを説明します。 今、演奏されている曲を含めて、 あと4曲、曲が続くわ。 それが終わった後、 ジャニス北河原が、 サプライズゲストとして、 六秒笑女を紹介します。 それをきっかけに、 ステージに飛び出してください。 そこから先は、 あなた方にお任せします」 「北園さん! なんで? なんで、ゴザむしりまで 動いてくれるんですか?」 「岸本さん、 あなたに何も説明してないのね?」 「全く聞いてないです」 「あなたの上司の岸本さんはね、 辛抱エージェンシーに行く前に、 レコード会社で、ミュージシャンを 育てる仕事をしてたの。 その時に育てあげたのが、 ゴザむしりBOYZ。 街のゴロツキだった 不良バンドの彼らが、 こんなにブレイクしたのは、 岸本さんの存在が あったからこそなの。 だからジャニスは、 未だに岸本さんに、 頭が上がらないのよ。 そして、私もその時代に、 岸本さんの部下の一員だったの」 「……そうだったんですか」 「岸本さん、言ってた。 あなたの事」 「僕の事を?」 「『西野って奴は、 パッと見は要領悪い 普通のヤツなんだけど、 中身は頑固な性格で、 一度言い出したら、 言う事をきかないんだ、 育てるのに大変だ』って」 「そうですか」 「それと……、 『昔の俺にそっくりだ』って……」 「そっくり……?」 「『ジャニス北河原もそうだったし、 俺は、無謀なことにトライする 熱い男が大好きなんだ。 だから、西野の事を頼む』って」 「岸本部長……。 僕の前では、 一切そんな事言わなかったのに……」 「彼はね…… そういう不器用な人なのよ。 叱って叱って、 勘違いされても叱って叱って、 一生懸命に若者を応援しているのよ。 彼も若い頃は、 相当なリスクをとって 無茶をして、 仕事を成功させてきた人だから。 西野さんみたいに無茶してでも、 気概を持ってチャレンジする人が、 好きなんじゃないのかなぁ……」 北園舞子の話を遮るように、 ステージから、 「キャァァァァァァーッ」と 大歓声があがった。 瞬間、三人とも ステージへ目を遣った。 「さぁ、そろそろよ。 六秒笑女さん」 ほなみんは緊張して、 「は、はぁい」と応じた。 「世界を変えてきなさい。 一撃でキメてくるのよ。 勝負は、一撃パットンで!」 「北園さん、助かりました。 本当にありがとう」 「検討を祈るわ」 僕はほなみんに向かって、 「さぁ急ごう、ほなみん。 トイレで戦闘服に着替えてきて」 と伝え、ほなみんは、 トイレへ向かった。 ー六女事変勃発まで、 20分前。 * ライブ会場から聞こえる、 ソロギターの音が鳴り止み、 曲が終わった。 「サンキュー! 今の曲は、 新曲『一撃パットン』でした! どうだい? クールな曲だろ? これが俺らの パンクロックだぁぁぁ!!!!!!」 ゴザむしりBOYZのヴォーカル・ ジャニス北河原が叫ぶと、 1万人の観客達が、 「キャー、ジャニスー!!!」 と沸いてレスポンスする。 「ステイ、ステイ、 ステイ、ステイ」 ジャニス北河原が、 観客を静める。 「今日は、来てくれてありがとう。 この武道館でライブが出来て、 本当に嬉しいよ。 本当、皆さんのおかげ。 心からありがとう」 ジャニス北河原のトークに合わせて、 ダダダダダ、とメンバーが ドラムを叩いてMCを盛り上げる。 再び1万人の観客達が 大歓声。 少し静まってから、 再びジャニスが喋る。 「ゴザむしりBOYZが、 歴史あるこの日本武道館で 歌っている。 そう思うと本当に感無量です。 話がちょっとだけ、 脱線するんだけどさ。 東京の隅っこで、 細々と活動してた 俺たちゴザむしりBOYZが、 こうやって武道館で ライブできるようになったのは、 あるオッサンのおかげなんだ。 そのオッサンはね、 熱い男でね。 いつも真剣に全力で生きてた。 俺たちがくすぶってるときも、 お前達は必ず売れる、 挑戦し続けろ、 ってずっと声をかけてくれてたよ。 本当に、 『きしもっちゃん』には 感謝しかないよ。 あっ!? 名前言っちゃったよ、俺」 ジャニス北河原が、 バンドメンバーと目を合わせて、 笑って舌を出した。 ダダダダダ、とメンバーが、 再びドラムを叩いてMCを盛り上げ、 ジャニスの失敗に観客達も笑った。 舞台袖から見ていた僕は 「岸本部長……」 と独り言を発した。 「さっきね、 その『きしもっちゃん』から 電話があったのよ。 頼みがあるんだって。 俺ね、何ですか? 『きしもっちゃん』の頼みなら、 何でも聞きますよ、って言ったのよ。 そしたらね、 今日の俺たちのライブに、 サプライズで特別ゲストを 出してくれないか、って」 観客が「おぉぉぉ!」っと 盛り上がって沸いた。 会場の最前列にいた、 おそらく関西人の 20代女子が甲高い大声を出して、 「特別ゲストって、 誰なぁぁんーー?」 と叫び、その関西弁訛りの叫び声が、 武道館内に絶妙に響き渡って 観客達がドッと笑った。 「おいおいおいおい、 ちょっと待て! ウェイト、ウェイト、ウェイト! 今から言うから! ほんと、ゴザむしりのファンは、 せっかちな欲しがりさんが多いなぁ」 ジャニス北河原の ファンいじりに、 会場は再び盛り上がる。 「その特別ゲストというのは……、 皆さんもご存知の有名人です」 観客達が口々に 「誰ぇぇぇーー?」 「誰ぇぇぇーー?」と叫ぶ。 ジャニスは、 特別ゲストの発表を焦らす。 もう会場中がジャニス北河原に、 翻弄されている。 「そのゲストは……、 驚くよ? なーんと」 会場中が 真空状態になったように静まる。 そこに、 ジャニスが一言。 「素人女子大生ギャガー 六秒笑女ほなみん、デェェス!」 会場中の観客が、 ドドドドドドドドと 蠢いた気がした。 観客の誰しもが、 アーティストだと 推定していたと思う。 それこそ先輩歌手だとか、 仲のいいバンド仲間だとか。 「皆? もちろん知ってるよね? 六秒笑女ほなみん」 半信半疑の会場が、 あの六秒笑女を 今から生で観れるのだ、 と認識してからは 「オォォォォ!」という 煽るような歓喜の声に変わった。 「あの六秒笑女だよ。 今やワイドショー番組で、 ひっきりなしだもんね。 あの問題で」 瀬田直人集団自殺事件を、 暗に伝えるという、 ジャニスの毒のある煽りが、 会場を更に盛り上げる。 「『きしもっちゃん』がね、 俺に言うのよ。 沈黙していた六秒笑女を、 ゴザむしりBOYZの 武道館ライブに特別ゲストで 出演させて、 ギャグをさせてくれないかって。 瀬田直人に、 六秒笑女のギャグを 届けて欲しいんだ、 それで彼を救いたいんだ、って。 そう言われてね。 一瞬、意味わかんないよね? しかも電話あったの、 さっきだから。 もうちょっと、 早めに言ってよね? 『きしもっちゃん』、 パンクすぎるでしょ?」 頭をぽりぽりかいて、 苦笑いするジャニス北河原を 観客達が盛り上がって笑う。 「正直、迷ったよ。 だって、これだけ 社会問題になってる事件だもん。 音楽の世界に、 これを持ち込んでいいのかって。 本当にもっと、 深刻な事件になるかもって。 でもね、 俺は、OKしたのよ。 メンバーも満場一致で、 OKしてくれた。 理由は一つ。 理由は一つだけだ」 ジャニス北河原が、 観客を引き込む。 会場中が深いレベルで傾聴 しているのが手にとるようにわかる。 「そこに。 『きしもっちゃん』のハートに。 パンクロックがあったからさ。 それだけだ」 ジャニスのキメ台詞に、 会場が沸き立つ。 「だって、俺たちは、 パンクロッカーの ゴザむしりBOYZ、 だからぁぁぁぁぁ!!!」 ジャニスのキメ台詞に、 会場が烈火の如く沸き立つ。 「ご存知、今日はさ、 ミュージックシャワーTVの 生中継が入ってる。 だから、この放送は日本中、 いや世界中で観ることができる。 みんなさ、 今すぐスマホを起動して。 今から、 SNSオールオッケー! 今から六秒笑女が出演するって、 ツイートしてよ! 皆で拡散してくれよ! 俺たちのチカラで、 瀬田直人に届けるんだ! お前たちのパンクロックで、 世界中にギャグを届けるんだ! 瀬田直人の命を救うんだ!」 会場にいる観客達が、急いで ポケットや鞄からスマホを 取り出して電源を起動。 カリスマパンクロッカーである ジャニス北河原の一言に、 全員が従順に従う。 「皆、拡散してくれた?」 ジャニスのコールに、 「オォォォォォォォォ!」という オーディエンスからのレスポンス。 「はぁ? ほんとに拡散したんかよ、お前ら。 全然、聞こえねえんだよ!」 ボクシングで言うところの グローブを、 クイックイッとする感じで、 ジャニスが、 サディスティックに挑発。 更なるボリュームの 「オォォォォォォォォ!」 が返報される。 会場のボルテージが マックスに達したであろう 頃合いをみて、ジャニスが叫ぶ。 「オッケー、オッケー。 皆、準備はいいようだな?」 沸き立つ観衆を見て、 僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。 目の前で起こる臨場に、 僕は岸本部長を思い浮かべて、 感謝をした。 ふ、とほなみんを見た。 瞑想して何かを唱えている。 歓声にかき消されて、ほなみんの声は 聞こえなかったのだけれども、 口の動きから判断するに、 おそらく、 「ぺ」「ちゃ」「ぽー」 と唱えていた。 真剣に。 ひたむきに。 目を瞑って、愚直なまでに 自分のギャグを練習している。 真摯に自分のギャグと 向き合う彼女。 お豆Tシャツを着せられた、 そんなほなみんの事を、 僕は心から愛しく感じた。 「じゃあ、そろそろ、 行くぜ!」 ジャニスの煽りに、 マックスボルテージを持て余した、 1万人のオーディエンスが 熱狂的に歓声をあげる。 舞台袖でスタンバイしていた 僕とほなみん。 僕は下唇を噛んで、 自分を奮い立たせた。 そして、ほなみんの 背中をポンと叩いた。 スマホの液晶で 時刻を確認。 時刻は、 六時ジャスト。 自殺予告まで、 六分と六秒前。 「それでは登場だ! みんな、盛り上がっていけよ! レディース、 エーン、 ジェントルメン! ウェルカム、トゥー、ザ! シックス・セック・ガール (six・sec・girl)! 六秒笑女、ほ・な・み・ん! イッツ、 ぺちゃぽー、アワー!」 会場中が 「ウオォォォォォォォォォォォォ!」 という音に包まれる。 ゴザむしりBOYZの ギターとベースとドラムが、 ロックな出囃子を演奏。 舞台袖で 「よっしゃ、行くぞ!」と いきり立っている僕の耳元に、 ほなみんが、キスでも してくるんじゃなかろうかという 距離で、彼女の小顔を寄せてくる。 彼女が 叫ぶように 僕に言葉を発する。 「西野さぁん!」 「よっしゃ、ほなみん! ここまできたら、やったろうぜ!」 「西野さぁん!?」 「ん?」 ほなみんの表情を確認すると、 眉毛が八の字の困り顔をしている。 嫌な予感しかしない。 僕はほなみんに、 八の字の意味を恐る恐る確認。 「どうしたの?」 「忘れたぁ!」 「忘れた? 何を?」 「黒帯ィィィ」 「……嘘でしょ!? マジ?」 「こんな時に、 嘘なんて、 つ〜か〜な〜いよ〜!」 「何やってんのよ!」 「どうしましょ〜、 西野さぁん」 「どこに忘れたの?」 「えっと、えっとぉ、 多分、着替えた時に、 トイレで忘れたんだと思いますぅ」 「さっきのトイレか……」 「ごめんなさぁい。 西野さぁん。 本当あたしって、何してんだろう。 こんな大事な時にぃ。 どうしよ〜?」 黒帯を取りにいく時間を 稼がなければ……。 時間がない。 僕は思考をフル回転させる。 周りを見渡すと、 片隅に掃除用の 青色バケツを見つけた。 めっちゃ汚いバケツだけど、 時間がない。 僕は青色バケツを手に取り、 ほなみんの頭に無理やり被せた。 「ちょ、ちょっと西野さぁん! 何するんですかぁ!?」 「時間がない。 とりあえず、 それでステージへ出て! ステージ上で 注目を引きつけて、 時間を稼ぐんだ! その間に、俺が 黒帯を取りに行ってくるから!」 「えぇぇ! やだやだやだぁ! 私、女子だよ! なんで、こんな汚いバケツ被って ステージに 立たなきゃいけないのよぉ。 お嫁にいけないよぉ」 「黒帯忘れたの、 ほなみんじゃん! なら、素顔で出んの?!」 「素顔は無理ぃ! 顔出しNGぃ!」 「なら、バケツ被って、 そのままゴーだ!」 「うーん……」 「ほなみん!」 「……はぁい」 「ダッシュで、 黒帯取ってくるから! 俺を信じろ!」 「わかりましたぁ」 「バケツ被ると、 視界が狭くなるから、 気をつけて!」 「大丈夫です。 角度をつけて被れば、 なんとか見えますぅ」 「じゃあ、後ほど!」 「ほいっ! 上官!」 僕はトイレへ。 ほなみんはステージ上へ。 観客の前に、 バケツほなみんが姿をあらわす。 ドドドドドドドドド、とまるで 地響きのような観客達の声の塊が、 武道館中に響き渡った。 ステージと舞台裏を区分する、 重そうな鉄扉を押し開ける。 背中で会場の熱狂を受け止めながら、 僕は関係者通路を 自分史上最速ダッシュで駆け抜ける。 さっきのトイレが見えてきた。 完全に女子トイレ。 だが形振りなんて、 構ってられない。 おかげさまで、 セクハラだと言われるのは、 もう慣れっこだ。 躊躇もせず、 女子トイレに潜入した僕は、 当たりを見渡す。 黒帯、 黒帯、 黒帯、 黒帯……。 あった! 鏡の前に黒帯を発見。 速攻、黒帯を手に取り、 ステージへ向かう。 腕時計確認。 6時1分0秒。 自殺予告は、 6時6分6秒。 あと5分。 時間が無い。 黒帯を握りしめた僕は、 再びトップスピードで ステージへ向かう。 「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!! ほなみぃぃぃぃぃん!!!! 今、行くからなぁぁぁぁ!!! 待ってろよぉぉぉぉぉ!!!! うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」 第18話 おわり
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