「西野く〜ん!」 「どうかされましたか?」 「このポスターの日程間違ってるよ! 木曜日じゃなくて、金曜日! ちゃんとチェックしたの? わかってる? あの『ゴザむしりBOYZ』の 大事なプロジェクトなんだからね? 慎重にやってよね! すぐ修正! 頼むよ〜、西野く〜ん!」 「すみません! すぐ印刷業者に 連絡して修正してもらいます!」 岸本部長はピリピリしていた。 その理由は『ゴザむしりBOYZ』 というパンクロックバンドのせいだ。 このバンドは、インディーズながらリリースしたアルバムが、日本国外を含めて、100万枚を売り上げたという伝説のお化けバンドである。 全くテレビに露出しないバンドなのだが、この度ミュージックシャワーTVという地上波の音楽番組に出演するのだ。 そこに辛抱エージェンシーが、ガッツリかんでいるというビッグビジネスなのである。 誰もが知る大物バンドすぎて、うちクラスの広告代理店が扱うレベル感のアーティストじゃないだろ、と思ったのが正直なところ。 どんなルートでこの仕事が我が社に舞い込んできたのかは全くの謎であったが、とりあえずは絶対にミスることのできない、どデカイ仕事だ。 「西野く〜ん! 仕事はね、一撃で仕留めなきゃ」 「はい」 「ビジネスチャンスに二度目は無い。 前からチャンスがやって来たら、 一撃で仕留める。 そういった仕事は、 信用につながるからね。 わかった? 一撃だよ、一撃。 一撃パットンだよ〜」 「はい!」 「よろしい! これが君の上司である岸本部長の 仕事マインド・キシモトイズム だからね! 合言葉は!?」 「仕事は、一撃パットンで!」 「よろしい! 最近、元気になってきたね! その調子だ! 西野くん!」 「部長! ありがとうございます」 僕は、生きていた。 婚約者に裏切られて、意気消沈していた僕。 死の淵を彷徨っていた僕だったのであるが、なんとか生きていた。 まだまだ本調子ではないが、仕事にも毎日行っている。 仕事はミスの連続なものの、 上司にこっ酷く怒らえるものの、 ナントカカントカ繰り返す日々を生きた。 僕はあの時、死ななかった。 自殺という選択をせず、生きるという道を選んだ。 暗闇の中で出会った「ぺちゃぽー」という六秒の光が、僕を生きさせたんだ。 その六秒の光は想像以上に眩しくて、僕の人生を大きく変えるキッカケとなる。 後に勃発することになる 「六女事変 -Rokuzyo Zihen-」。 僕は日本の歴史に残る、その大事件の首謀者となってしまう。 そんな西野泰博(にしのやすひろ)なのであるが、本来そのような大事件を画策するような人物では全くない。 生憎、そんな大物の器は持ち合わせていない。そもそも、僕、西野は凡人中の凡人なのである。 西野が如何に凡人か。 如何に平凡で波風立たない人生を歩んできたか、ここで紹介しておく。 西野泰博。 29歳のアラサー男子。 両親は「安心安全でやすらかな人生を送って欲しい」という想いで、安泰の「泰」の字をつけたらしい。 両親の想いが強すぎて怨念となり祟られたのか、僕の人生は「安泰」を象徴するような人生となってしまった。 そこそこの偏差値の私立大学を卒業。 新入社員として、第6志望であった株式会社「辛抱エージェンシー」という業界の中でも、そこそこの広告代理店に入社。 仕事は、コツコツ真面目にこなした。 仕事で劇的な結果を残して、スポットライトを浴びたというような経験は一度たりとてない。 業務上、上司から叱られはするものの、解雇や懲戒に相当するような大失敗はしない。 取り立てて短所もないが長所もない。 僕は平々凡々な普通人間だった。 思えば、小さい頃からずっとそうだった。 幼稚園の生活発表会で、桃太郎の演劇をしたときだってそうだ。 僕に命じられた配役は、桃太郎のお爺さん役。 最もスポットライトが当たる桃太郎、犬、猿、雉という正義連合軍でもない。鬼ヶ島の鬼というヒール役でもない。 かと言って、全くの脇役である名もなき村人役や、擬人化した草花や吉備団子の役でもない。 「桃太郎のお爺さん」という、全くもってそこそこの役なのである。 中学生の頃、野球部に所属していた。 レギュラーではあったが8番バッター。 高校生の頃のテストの成績は、常に65点前後。 父親は中小企業のサラリーマン、母親はパート主婦。 言い出せばきりがないが、とりあえず、僕は絵に描いたようなソコソコの人間であった。 未来は過去の延長であり、これから自分に訪れる未来についてだって、平均的で負荷のない人生を僕は予算していた。 そんなミスターそこそこの僕であったが、入社6年目にして、まさかの出来事が起こった。 激カワイイ彼女ができたのだ。 きっかけは、イケメン同僚である森田和馬が企画したバーベキューだった。 元来、リア充的な集まりが苦手な僕。 だって結局イケてる奴がモテる場なんだもの。 僕みたいなミスターそこそこは、結局、盛り上げ役やイジられ役に回るしかない。ピエロになるしか道はないのだ。 詰まる所、カワイイ女性は、桃太郎や四番バッターが持っていく。 桃太郎のお爺さんや8番バッターに、果実がまわってくることなど皆無だ。 だから僕は、回避可能な限り、リア充的集まりは断るように心がけていた。 しかしながら、イケメン同僚・森田和馬の誘いは別だ。 彼の参加要請があれば、僕に拒否権を発動できる資格などはない。 森田和馬は仕事ができる。 将来有望なエリートだ。 この男の誘いを断れば、完全に仕事に影響する。 このイケメンに誘われると、僕は合コンであろうと、バーベキューであろうと温泉旅行であろうと無理してでも参加することにしていた。 類は友を呼ぶ、 ということわざを体現するかのように、森田和馬の友人は漏れなくイケてるメンズであった。 ツーブロックで、 髪をテッカテカにして、 フレグランスを纏い、 グラサンをかけるイケメンの群れ。 その群れの中に、ミスターそこそこの僕が混じると、完全に違和感しかなかった。 自己紹介タイムが終わり、僕は命じられるわけでもなく、ごくごく自然に雑用係を担当する。 参加者のお手伝いをし、皆にイジられて、ピエロの役を演じることを余儀なくさせられる。 それも仕方ない。食っていくためだ。 仕事だよと割り切って、今回もバーベキューに参加。 森田和馬を含めたイケメン3人に、 非イケメンお手伝いさんの僕を加えた男性陣4人と、美女4人の合計8人のバーベキュー大会。 いつも通り、粛々と雑用をこなす僕に、一人の女性が話しかけてきた。 「西野さん、ですよね?」 僕は彼女を見た。 綺麗な黒髪をした和風美人。 僕のタイプの女性だ。 「は、はい。そうです」 とワントーン高い声で僕は応じた。 「これ、どうぞ。 西野さん、さっきから お肉焼いてばっかで、 全然食べてないでしょ?」 その大和撫子が僕に差し出した皿には、絶妙なチョイスのカルビ、ロース、ハラミ、焼き野菜が盛られていた。 「え、お、俺に?」 「はい、どうぞ! 食べてください!」 大和撫子は、僕に優しい笑みを浮かべた。 これまで森田に同行したイベントで、お手伝いさん役の僕の事を気にかけてくれた女性は、この大和撫子が始めてだった。 「加奈」という名の女性だった。 僕は考えた。 こんなタイプの女性、初めて出会った。 しかも僕みたいな、ミスターそこそこに気をかけてくれた。 一目惚れってあるんだな。 できれば、付き合いたい。 ……い、いや、冷静になれ、西野。 森田和馬を含めたイケメンが3人もいるんだぞ。 僕なんて冴えない男が、同じ土俵で闘えるわけないじゃないか。 付き合えるわけないじゃないか。 目を覚ませ、西野。 いつもどおりに期待はするな。 平常心を保て。諦めろ。 ……いや! でも、こんな素敵な女性に、 これからの人生で出会うことができるのだろうか。 どうするんだ、俺。 どうする、俺。 ぐるぐるぐるぐる、頭の中で考えた。 ジュージューという網の前で、彼女としばらく話をした。 性格も喋り方も癒される。 趣味は、なぎなた、らしい。 そこもまた、ありきたりじゃなくて魅力。 こんな大和撫子、今後の人生で、もう出会うことはないんじゃないか。 これは運命なのかもしれない。 しかし! 僕は何を隠そう、ミスターそこそこ。 バーベキューに参加している男性陣はイケメン揃いなわけで。 所詮、自分は、そこそこ人間。 8番バッターのお爺さん役だ。 いつも通り、4番バッターの桃太郎に 打席を譲るのがいいのか……。 でも……、でも……、でも……。 じっくり考えろ。 しかし行動する時が来たなら、 考えるのをやめて、進め。 高校生の頃、世界史の授業で習ったナポレオン・ボナパルトの名言が、なぜだか、この時の僕の脳裏を掠めた。 「加奈さん! あの、……すみません」 「なんですか?」 「僕と……、僕と……、連絡先を交換して頂けませんか?」 僕は考えるのをやめた。 そして、進んだ。 8番バッターのお爺さんは、桃太郎を押しのけてバッターボックスへ立つ事を決意したのだ。 打ってやるよ、打ってやる! フルスイングで、満塁ホームランを打ってやるよ! 見とけよ、桃太郎!! 僕は大和撫子に想いをブツけることにした。 そして、その後。 僕の圧倒的な熱量に押されて、 なんと彼女は、僕と付き合うというまさかの選択をした。 夢のような日々が続いた。 それから、加奈とたくさんデートをした。 付き合い始めて、8ヶ月が過ぎた頃。 やっぱり、僕は加奈のことが好きで好きで仕方がなかった。 自分の気持ちが抑えられない。 僕は加奈にプロポーズをした。 1週間考えたのち、OKの返事をもらった。 入籍は1年後にすることに決めた。 僕と加奈は婚約したのだ。 僕は人生初の有頂天を経験した。 僕はイケメンに勝った。 ミスターそこそこの僕が、こんな幸せを手に入れることができるなんて思いもしなかった。 しかし、2週間後。 神様は、僕を嘲笑うかのように刃を向けた。 やっぱり、僕に飛びぬけた幸せは、似合わないのだろう。 僕の有頂天は、一件の留守番電話でひっくり返される。 『フフフッ。 あんたと結婚なんて するわけないじゃん! 本気になってバカじゃないの? 死ね、バカ!』 そう……、あの「六秒の悲劇」だ。 その「六秒」は、有頂天だった僕を一瞬で奈落の底へ突き落とした。 しばらくして、加奈が結婚したという噂を聞いた。 相手は、森田和馬だってさ。 森田と加奈は付き合っていた。 二人で僕をからかって、面白がっていたんだ。 憎しみを通りこして、加奈を本気で好きになっていた自分が情けなかった。 僕は、死にたくなった。 それから、生きているのか、死んでいるのかわからないような、スーハ―スーハ―呼吸をするだけの空虚な日々が続いた。 もう自分の命に価値などない。 命を断とう。 堕落した廃人みたいだった。 そんな絶望の折、僕はネット上に存在した「六秒の希望」と出会うことになる。 それは「六秒笑女ほなみん」という希望の光だった。 僕は画面の向こう側の彼女のおかげで、社会復帰することができた。 僕は今でも、心から彼女に感謝している。 もしもいつか、彼女に会う機会があれば、僕は素直に「ありがとう」って言いたい。 ー今日は、金曜日。 早く仕事を終わらせて帰宅せねば。 今夜、僕は画面の向こう側にいる、「六秒笑女ほなみん」と会って、生きる希望をもらうんだ。 第2話 おわり
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