六秒笑女 -Six Sec Girl-
【第19話】最終兵器ぺちゃぽー

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 黒帯を握りしめた僕は、  再びトップスピードで  ステージへ向かう。 「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!   ほなみぃぃぃぃぃん!!!!  今、行くからなぁぁぁぁ!!!  待ってろよぉぉぉぉぉ!!!!  うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」  ステージと舞台裏を区分する  鉄扉が見えてきた。  僕はトップスピードの力を利用して、  その鉄扉を跳ね除けるように  押し開いた。 「ほなみん!?」  僕の瞳はステージ上で  うずくまったバケツ姿の、  ほなみんを捉えた。  1万人のオーディエンスを  前にして、  ビビってしまったのだろう。  ほなみんの肩が震えている。  多分、泣いている。  僕は舞台袖から、  激しい剣幕で叫び散らした。 「ほなみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!!!」  僕の声に気づいた、  ほなみん。  右手でバケツをクイッとあげて、  僕がいる舞台袖に目をやる。 「西野さぁ……ん」  ほなみんは、  マイクを口に当てて、  半べそで言葉を発する。  会場中に、  ほなみんの優しい声が響く。  会場にいる全ての生命体が、  ほなみんの言葉に集中した。 「……西野さぁん。  ……やっぱり。  やっぱり、できない。  できないよぉ。  こんな大勢の前で……、  一人でギャグするだなんて。  私には……、  私にはできない」 「ほなみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!!!」  僕は、  もう一度叫んだ。  そして、  コンパクトに丸めた黒帯を、  ほなみんに向かって  全力で放り投げた。  空中で放物線を描く黒帯を  確認したほなみんは、  反射的に青バケツを脱ぐ。  会場の観客に、  素顔を見せないように、  左手で顔を隠す。  ほなみんは、  膝のバネを  目一杯に駆使してジャンプ。  ほなみんの美しい  ブラウン色した髪の毛が揺れる。  彼女の右手は、  黒帯をうまくキャッチ。  空中で半回転し、  そのまま着地。  観客に背を向けて、  しゃがみこむほなみん。    手際よく黒帯を  顔面にぐるぐると巻きつける。  僕は、  全力で、  全身で、叫んだ。 「ほなみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!!!」  ほなみんは、  後頭部で  蝶々結びをしている。 「ほなみぃぃぃぃぃん!!  聞こえてるかぁぁぁぁぁぁ!!!  日本中!   いや! 世界中がぁぁぁ!   世界中が、  君のギャグを待ってるんだよ!  君のギャグが、  忘れらんねえんだよ!  君のギャグは、  世界を変えられる!  絶対に、  世界を変えれんだよ!   君のギャグは、魔法なんだ!   人間を幸せにするチカラがある!  君なら世界を救うことができる!  今、瀬田の命を。  みんなの命を救えるのは、  君しかいないんだ!  六秒笑女しか、  いねえんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!  この後、どうなろうが、  俺が全て責任を取ってやる!  俺を信じろ!   さぁ! 君のギャグを!   さぁ! 頼む!   ほなみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!」  蝶々結びを終え、  黒帯を装備した六秒笑女。  しゃがんだまま、  静止。  大声を出しすぎて、  枯れてゆく僕の声。  喉が  潰れるかもしれない。  そんなことどうだっていい。    喉がぶっ潰れたって、  伝わるまで伝える。  ほなみんに、  伝わるまで伝える。 「ほなみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!」  観客席に背を向けたほなみんが、  ゆっくり立ち上がった。  そして、  180度回転。  武道館の会場内で犇めく  オーディエンスの群れと対峙。  両腕を天へかざす。  両手首を折り曲げる。  膝蹴りするような調子で、  右足を上げる。  ほなみんは、  鶴の舞のようなポージングをキメた。  何かを  覚悟した表情。 「ほなみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!  イケイケイケイケイケイケイケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」  恍惚した  僕は叫びまくる。  ほなみんは  太極拳の構えのような、  超スローな動きをする。  そこにあるのは、  覚悟と決意。  紅蓮の意思。   ここにいるのは、   一万人と対峙する覚悟を決めた  六秒笑女ほなみん、なのである。  ほなみんは、  ミュートに呟く。 「やってやる!   やってやる!  私がやってやる!」  唇の動きが、  そう言っている。  ほなみんの事を、  ずっとずっと、  見てきた僕だからわかる。  「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  ほなみんは、  ギャグ発動に向けて、  気を貯めた。  時刻は、  六時五分ジャスト。  ほなみんが叫ぶ! 「六秒笑女ほなみん!   け〜んざ〜ん!!!  私が、  六秒笑女だぁぁぁぁぁ!!!  瀬田直人に、  告ぐぅぅぅぅぅぅ!!!  あと、  瀬田直人ファンにも  告ぐぅぅぅぅぅ!!!  自殺なんて命の無駄遣いはやめて、  おとなしく生き延びなさい!!!  今から、  六秒笑女ほなみんが、  ギャグを届けます!!!  私のギャグを見て、  生きることを覚悟したなら!  ツイッターで呟きなさい!  生きる!!! と。  生きるんだ、って呟きなさい!  瀬田直人!!!  絶対死ぬな!   死ぬな、  死ぬな、  死ぬな、  死ぬな、  死ぬな、  死ぬな、  死ぬな、  死ぬな、  死ぬな、  死ぬな、  死ぬな、  死ぬなぁぁぁ!!!  生きて、  生きて、  生きて、  生きて、  生きて、  生きて、  生きて、  生きて、  生きて、  生きて、  生きて、  生きて、  生き延びなさい!!!  生き延びなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」    ー魂が震えた。  やっぱり。  やっぱり、  僕は間違えていなかった。    彼女には、  人間の血流を逆流させ、  力強く生きさせようと鼓舞する  能力が備わっている。  人を心から応援し、  人の心を動かせるという能力。  聞き間違いも、しばしば。  語彙力もない。    文法だって滅茶苦茶。  何を言っているのか、  意味がわからないこともしばしば。  でも、違うんだ。  そんなんじゃないんだ。  人間の業を肯定し、罪を許し、  いわば、  愛の権化であるギャグで、  この世の生きとし生けるものの  「心」を救う魔法のようなチカラ。  僕だって救われた。  彼女のギャグに魂が救われて、  生き延びた。 「瀬田さぁぁぁん!!!  観てますかぁぁぁぁ???  まだ死んじゃいけない!  瀬田さん、  私のギャグをパクったでしょ!!!  まだ、直接、  謝ってもらってない!  死ぬ前に、  本家の私に、  謝罪しなさぁぁぁぁぁぁい!!!  今からぁぁぁぁぁぁ!!!  本家本元の  六秒笑女ギャグを見せてやる!!  あなたの『六秒』を  私にちょーだい!!!  これが、  モノホンなんだからぁぁぁぁぁ!!!  とくとご覧あれぇぇぇぇぇぇぇ!!!  これが、本家本元の、  ぺちゃぽー、  なんだからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」  会場の観客たちが、  六秒笑女ほなみんから目を離さない。  いや、離せない。  恍惚状態の僕は、もう舞台袖で  待機していられなくなって、  舞台上に飛び出す。  僕の心臓は、平時では  考えられないくらいに  烈しく鼓動する。  半狂乱になった僕は、  どうしようもなくなって叫んだ。 「見せつけろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!  六秒笑女のギャグをぉぉぉぉぉ!!!  ほなみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!  ブチかませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」  ほなみんが、  直立不動。  武道館の時が止まる。  彼女は、  左手の人差し指と親指で  円を創った。    その「円」を、  悠々たる所作で、  ほっぺたへ移動。  青色光線の舞台照明に  立体的に照らされて、  ブルーに光り輝く  円で括られた頬っぺたは、  球体のように見えた。  その瞬間、  僕は真理を悟った。  そうだ。  この球体は「たこ焼き」を  模倣しているのではない。  この光り輝く  ブルーの球体は。  ―地球だ―  ぺちゃぽーというギャグは、  単なるギャグでとどまらない。  そう、地球だ。  世界なんだ。  ぺちゃぽーは、世界、なんだ。  地球という球体の上で、  せせこましく生きる僕ら。  自分の見えている世界が、  全てだと思って生きている。  他人の事が気になって。  他人と同じ行動を  していないと安心できない。  高校へ行き、  大学へ行き、  就職をする。  雑誌が薦める  場所へ赴く。  メディアが流行っていると  主張する食べ物を喰らう。  ファッション誌が推す  コーディネートを着る。  結婚して、  子どもを生み、  マイホームを買う。    日々、他人と足並みを揃えて  平均を目指す。  平均でいる事で  安堵する。  少し軌道が逸れるとハラハラして。  ドキドキして。  ヒリヒリして。  僕もそうだった。  そうやって、  平均を生きてきた。  でも、違う。  違うんだよ。  人間が生きるってのは。  一度きりの  人生なんだよ。  ミスターそこそこだなんて、  自分自身で、  ダサい言い訳つくるなよ。  自分の可能性を  止めるなよ。  自分の信じた道を進もう。  小さい頃から「誰かが見てるから」  と叱られ続けて。  他人と同化する事に、  心血注いでいるうちに。  いつの日にか、僕たちは  人生の奴隷に成り下がってしまった。  他人の目なんて、  いいじゃないか。  他人はそこまで、  責任を取っちゃくれない。  勘違いするな。  自分の人生だ。  自分の人生は、  自分が操縦するのだ。  そうだ。  世界は広い。  僕たちは、  この広い地球に生きている。  何度だって言う。  世界は広い。  世界は広いのだ。   一回こっきりの、  この人生。  どうせ、  土に還るこの肉体。  どうせ、  天に昇るこの魂。  どうせ、  生きるなら。  大胆にやってやろうぜ。  地球を頰で抱きしめる  六秒笑女を見つめながら。    僕は頭の中で  『ぺちゃぽー』というギャグを  そのように解釈した。    この世に降臨した女神が、  そこそこ豊満な胸を、  客席側へ突き出す。  上半身を  そろりと倒す。  前傾姿勢、配置完了。  観客の  「ウオォォォォォォォォォ!」  という声が響きわたる。  それは、  ドドドドドドドドド、と  大地が蠢くような天変地異の音。  会場中が一つになる。  そして。  「いーち!!!!」    会場からの  シックス・セック・コール。  「にーい!!!!」  そのコールをBGMにして。  「さーん!!!!」    ついに。  「しーい!!!!」  最終兵器ギャグ、発動。  「ごーお!!!!」  会場の観客たちが、  女神から目を離さない。    いや、離せない。  そして。       ぺちゃぽー  キュートな咽頭から解き放たれた  渾身のギャグは、  武道館の一万人の観客を鎮めた。  時刻は、  自殺予告時刻の、  6時6分6秒を経過。  僕は、スマホで  瀬田直人の  公式ツイッターを確認。    新しいツイートが  更新された様子は無い。 「だ……、  だめだったか……」  僕は呆然。  全身のチカラが抜ける。    握りしめていたスマホが、  掌からステージの上に  滑り落ちて鈍い音がした。 「西野さぁん……。  やっぱりぃ。  ……瀬田さんを救うことは……  できなかった」  ステージ上で、  ほなみんは泣き崩れた。  僕は、  天を仰ぐ。  この日本のどこかで、  瀬田直人は死んだのだ。  ギャグで命を救う。  ギャグで世界を変える。  そんな馬鹿げた事、  そもそも  できなかったのかもしれない。  僕の負けだ。  瀬田が自害した事で、  これから次々とファン達の自殺が  実行されていくのだろう。  数分おきに、  命が断たれてゆく負の連鎖を、  僕たちは止めることができない。  僕らは、  瀬田直人を。    彼、彼女たちを  救うことができなかった。    武道館は、  泣きたくなるほどの静寂に包まれた。  第19話 おわり  

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