六秒笑女 -Six Sec Girl-
【第11話】再会と涙

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「Nissy(ニッシー)さぁん!」 「ほなみん、あのさ?」 「なんですか?」 「一生のお願い、とか言われても  絶対聞かないからね?」 「えぇぇぇぇ!?  なんで、なんでぇ!?  なんで私が今から  言おうとしたことが、  わかるんですかぁ?」 「まず俺の事、今の今まで、  Nissy(ニッシー)なんて  呼んだことないじゃん?   急にトリプルエー的な呼び方  されたら違和感しかないよね。  半端ないヨイショ感に、絶対この後、  トラップあるよなって普通思うよね。  あと基本的なことだけど、  トリプルエーのNissy  (ニッシー)は西島だしね。  俺は西野だから」 「西野さぁん!!!」 「もうNissy、やめるんだね?」 「一生のお願いがあるんですぅ」 「手の内がバレようが、  強行突破してくるタイプだ」 「今度、お母さんと会う時、  西野さんに同席して欲しいんですぅ」  ほなみんの一生のお願い、  それは探し出すことに成功したお母さんとの再会の日に、僕に同席してほしいというものだった。  母親と二人きりで会うというのが、どうも緊張するとのことだ。  正直、迷った。  だってお母さんからすれば、  久しぶりに再会した娘の隣にいる謎のアラサー男。完全に怪しい。  一度は、ほなみんにお断りを入れた。  お断りを入れたのであるが、結局のところ、ほなみんはズルい。  クネクネした体とクリクリした瞳をフルに駆使して、懇願されてしまうと僕が拒絶などできるわけもなく。    結局、僕は六秒笑女のマネージャーという設定で、同席するということになった。  ―涙涙の親子再会の当日。  14時に帝国ホテルのロビーラウンジで、待ち合わせということになっていた。  ド平日の火曜日。  ほなみんは大学の授業を欠席し、僕は仕事を抜け出して行くつもりだった。  けれども、その日は仕事のスケジュールがかなりタイトで、予定時刻に出発することができなかった。 「ごめん。仕事で少し遅れる。  お母さんと先に会ってて。  ダッシュで駆けつけるので」  とLINEでほなみんに連絡して、僕は超特急で仕事をこなした。  僕が仕事にひと段落をつけて、帝国ホテルのロビーに着いたのは、待ち合わせ時刻から、20分遅れの14時20分だった。  木目調のブラウンを基調としたデザインの、しっとりと落ち着いたホテルのロビーラウンジ。  ホテル1階のフロント前に位置するラウンジだったので、ティータイム中の客がロビーから見える。  ラウンジ内を見渡すと、僕の目と鼻の先にほなみんを見つけた。  身なりを小綺麗にした中年女性と一緒に、テーブル席に座っている。  紫外線によるものなのか、精神的ストレスによるものなのか、目尻の楕円形のシミが特徴的な中年女性だ。  テーブルの上に、二つのキャラメルマキアート。  僕は反射的に、手前の観葉植物の陰にササッと隠れた。  僕の存在は、二人には気づかれていないようだ。    耳を澄ませば、二人の声が聞こえてくる至近距離。 「ほなみ、何でも食べなさいよ」 「うん、ありがとう」 「小さい頃、苺パフェ  好きだったじゃない?」 「そうだったっけ?」 「そうよ。覚えてない?  すごい変な食べ方するのよ」 「変な食べ方ぁ?」 「そうそう。  まず苺だけ先に食べるのよ」 「苺だけ?」 「アイスや生クリームには、  一切手をつけないのよ。  まずは苺だけを食べるの」 「アハハハハ。  何、その食べ方ぁ?」 「一番びっくりしたのは、  年中さんの頃だったかな。  パフェの苺だけを全部食べてから  店員さんを呼びつけるの。  それで苺のおかわりをしたのよ」 「苺のおかわりぃ?   アハハ。  ありえないんだけど」 「本当なのよ。  ほなみは、そんな  変わったところあったんだから。  本当に周りの大人を笑わせてくれる  不思議な子どもだったのよ」 「フフフフ」  親子水入らずの会話に、僕は家族の温もりを感じた。  これまで六秒笑女をやってきて本当に良かったなぁと、胸一杯に喜びを感じた。  今日はもう、僕の出る幕なんてないのかもしれない。  このまま観葉植物の陰に隠れたままでいいんじゃないのかな。  キャラメルマキアートのような二人の甘い空間に、謎のアラサーマネージャーなど必要はない。 「ほなみ……、  本当に、お久しぶり」 「うん。久しぶり……だね」 「ほなみ」 「はい」 「大きくなったわね」 「うん。なんとかかんとか、  ここまで大きくなりましたぁ」 「あの時は……。  本当に、ごめんなさい。  お父さんがつくった借金におわれて、  あなたを育てる  余裕が無かったの……。  許される話じゃないことは  わかってる。  母親失格だって。  恨んでるわよね?  本当に、本当に、ごめんなさい」 「……お母さん。  もう、……いいよぉ。  私は、恨んでなんかないよぉ」 「え?」 「こうやって  私に会いにきてくれただけで、  私は嬉しいんだよ」 「ありがとう。  ……ありがとうね、ほなみ」  事実は小説より奇なり、だ。  母親と再会できて、子どものように、はしゃぐ嬉しそうなほなみん。  目の前で起こっているノンフィクションに、僕は号泣すること不可避だ。 「お母さん?」 「なぁに?」 「私ね? ネットで  『ぺちゃぽー』を配信してる時、  ずっとお母さんのことを想って  ギャグをしてたんだよぉ」 「ほなみ……」 「もしも、お母さんが  あのギャグを見てくれたら  連絡くれるかなって、  奇跡よ起これぇって  祈るようにギャグをしてたんだぁ。  ギャグをやり続けて、  本当に良かったなぁ」 「昔、大阪に住んでる時、  一緒に『ぺちゃぽー』  やってたものね。懐かしいわ」 「そうそう。  だからね、奇跡が起こったんだよ!  本当嬉しいよ!」 「『ぺちゃぽー』を  配信し続けてくれて、  ありがとうね、ほなみ」 「お母さんこそ、  私を見つけてくれてありがとうね」 「フフフフ」 「お母さんと再会できたから、  やっと六秒笑女を辞められるわぁ。  もうギャグは卒業。  六秒笑女は、  おしまい、おしまい〜」  ―優しかった母親の目つきが、   狐に変わった。 「毎週毎週、金曜日に  ギャグを配信するのって、  結構大変な作業だったん……」 「辞めたら、ダメよ!!!」 「え?」 「六秒笑女は、続けなさい」 「え、なんでぇ?   だって、こうしてお母さんと  再会できたんだし、  目的は達成できたんだもん。  もう、ギャグをやる  必要がないよねぇ?」    ―その眼は女狐のように鋭い。   冷たい。 「儲かってるんでしょ?」 「も、儲かる?」 「カネよ、カネ」 「お金……?」  女狐は、鞄から細い煙草を取り出してくわえる。  煙草に火をつけようとライターを手にとるが、この場所が禁煙だったことを思い出したのか、その行為を中絶。  鞄に煙草とライターを仕舞う。 「母さんね。  インターネットのことは、  よくわかんないんだけど、  ユーチューバーとか言うの?  ユーチューバーは儲かる、  って聞いた事あるわよ」 「お母さん……、私ね。  六秒笑女やってて、お金なんて  1円ももらったことないよぉ」 「えぇぇ!?  それ、本当なの?  あんた、馬鹿なの?」 「六秒笑女は、  お母さんを見つけるために、  毎週毎週、私は……」 「ほなみ? あのね?   今、世間は  あなたに注目しているのよ?  もっと世間を利用しないと。  お金を稼げるタイミングでしょ」 「……お母さん」  観葉植物の後ろの僕は、噛み切るほどのチカラで、自分の下唇を噛んだ。  握りしめた僕の右手のこぶしは、どんどんどんどん固くなっていく。 「あ、そうだ!  私ね、小岩でスナックやってんのよ。  なかなか経営が苦しくてね。  ほなみ、今度、店に来て  『ぺちゃぽー』してくれない?  いいでしょ?  元々、『ぺちゃぽー』は、  私が考えたギャグなんだし」 「……」 「どうしたの?   急に顔色が変わって」 「……」 「何よ~。ほなみ~。  そんな怖い顔しないでよ。  あなたが望んだ通り、  来てあげたんじゃないの?  久しぶりに再会した母親を、  そんな眼で見ないでよ」 「……」 「な、何なの!? その眼は?  親孝行しなさいよ。  そもそも、あのギャグを  考えたのは母さんだよね?」  さっきまで温かい温度で包まれた空間がまるで嘘だったかのように、この空間が冷淡なものになった。  これまで六秒笑女をひたむきに続けて、母親探しをしてきたほなみんのことを、僕は見ていられなかった。  その時僕が抱いていた憐憫の感情は、いとも簡単に憎悪の感情に姿カタチを変えた。  僕の堪忍袋の緒が、ちりちりと限界に達しようとしていた。 「……お…か……あさん」 「あと、ほなみね。  もう一個だけお願いがあるのよ」 「……」 「お金貸してくれない?  10万円、……いや、  できれば20万円。  店やってると、  色々と要りようでねぇ。  いいよね?   ほなみの、  実のお母さんだもんねぇ~?」  汚い女狐にひとこと言ってやろうかと、僕が観葉植物の陰から飛び出した瞬間、女狐が悲鳴をあげた。  「キャァァァァー!!」  ほなみんが、自分のキャラメルマキアートを母親の顔面にブッかけたのだ。  ほなみんのまさかの勇猛果敢な初動に、僕は驚きを隠せない。  観葉植物の陰から大胆不敵に飛び出しはしたものの、僕はフリーズ。  女狐の顔面と髪はびしょ濡れ。目尻に浮かぶ楕円形のシミも茶色に濡れた。  キャラメルマキアートをブッかけてから続けて、のべつ幕なしに汚い言葉を使って声をあらげる、ほなみん。 「おい! コラァァァァ!!!  何なんだよ!   何で、カネ貸してくれなんだよ!   なんで、カネのために  六秒笑女を続けろ、  とか言うんだよ!   なんで、カネの話ばっかすんだよ!   なんで久しぶりに、  再会した子どもにかける言葉が  そんな言葉なんだよ!」  ほなみんは女狐の前のカップを手に取り、もう一発のキャラメルマキアートの弾丸をブッかけた。  もはや女狐は覚悟を決めたようで、悲鳴も上げなければ抵抗もしない。 「会いたくて、会いたくて……、  お母さんに、会いたくて、  会いたくて、仕方がなくて……。  やっとやっと、  お母さんと会えた  子どもの嬉しい気持ち……、  ドキドキときめいた気持ち……、  考えてよ!  どんな気持ちで、今日という日を  迎えたと思ってんのよ!   ほんと、何なんだよぉ……。  もう、何なのよ……。  アタシの人生って……。  ほんと、ぺちゃぽーって……、  何なのよ……。  アタシ……、  馬鹿みたいじゃない……、  本当に……馬鹿みたい……」  ほなみんはテーブルに千円札を三枚たたきつけて、席を立って店外に走り出した。    僕は彼女を追いかけた。  僕の存在に気づいた彼女は、一旦停止。    彼女の顔は、みるみるしわくちゃな泣きっ面となった。    涙で化粧が剥がれ落ちた哀しい顔を、僕は見ていられなかった。    頭の中をひっくり返して、かけてやる言葉を必死に探したのだけれども、    適当な文句も見つからず、僕は両手で彼女の右手をそっと握った。  瞬間、彼女は、  僕の両手を振り払う。  そして、彼女は再び  駅の方向へ走り出した。  ブラウン色した髪が揺れた。  これ以上、  彼女を追いかけることを僕はやめた。  彼女の背中を後ろから、  ぎゅうっと抱きしめてやりたいな、  と思った僕を置き去りにして、  彼女の背中は、  どんどんと小さくなっていった。  第11話 おわり

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません