花吹雪
第四章 花吹雪 31

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 神保町遠征の朝、時間に余裕を持って家を出発し、前もって教えてもらった改札に向かうとすでに陽菜ひなが待っていた。  黒のジャケットに白の春物のセーターを合わせ、パンツにはライトブルーのジーンズと一昨日の服装を上下逆転させた格好を見た俺は、青と黒色が好きなんだろうと思った。  陽菜はこちらに気づくとポーカーフェイスで片手をあげる。 「おはよう。早かったんだな」 「うん。とりあえず腹ごしらえしてからね」  陽菜が希望するカレー屋は駅から五分ほど歩いた路地にあった。  もしかしたら並ばないと入れないかも、と心配していたが幸運にも二人分の席がいていてスムーズに入れた。 「人気店なんだろ? 並ばないで入れたなんて幸先いいな」 「―――うん」 「浮かない顔してどうした? 何かあったのか?」 「何でもない。昨日リスト作るのに夢中であんまり寝てなくて」  そう言う陽菜の顔つきはいつもの快活なものではなく、何かに心をとらわれているような感じを受ける。 「心配事があるなら、俺でよければ相談に乗るよ」 「大丈夫。本当に何でもないよ。心配してくれてありがとう」  陽菜は軽く微笑むとメニューを広げて顔を隠してしまったので、俺はそれ以上の追求はやめて、もう一つのメニューを広げた。  二人とも決まった所で店員さんにオーダーすると奇遇きぐうにも同じものを選んでいた。  オーダーを確認した店員さんがテーブルを離れると、おかしそうに微笑んだ陽菜が口を開いた。 「マネしないでよ」 「してないよ。俺もあれが食べたかったんだ。メニューに一番人気って書いてあったし」  俺が張りあうように言うと、陽菜は髪をさらっとなでてスマホを取りだし、どういうルートで古書店を回るかの説明をはじめた。  前回と比べて店舗数が減っているのはどういう訳かたずねると、在庫数と価格でしぼりこんだと教えてくれた。  夏の記憶をたどり、陽菜が決めた店舗は実際に買い物をした場所だったので期待が持てる。  しかもカレー屋から出発して最後に回る三軒目は駅に近いので、あまりの効率の良さに俺は感激してしまう。  陽菜は得意分野となれば卓越たくえつした集中力で難なくこなしてしまう力を持っているから、先天的に備わったリーダーシップとも相まって、彼女が意識しない内に周囲が自然と頼りにするのだろう。 「さすが。厳選されててわかりやすい」 「でしょ。今日は夕方までには帰るから効率を重視したの。前回みたいな苦行くぎょうにはならないから安心して」  穏やかな響きに笑顔を返すとタイミング良くカレーが運ばれてきた。  ランチタイムでサラダとドリンクに自家製ナンがついたカレーはスパイスが効いていて、とてもおいしい。  口当たりがまろやかな上、辛さも申し分なくて俺にはちょうどいい味だった。  向かいで黙々と食べる陽菜が静かすぎるのが気になり、感想を訊ねると眉毛を少し上向かせて『おいしい』と呟くだけだった。 「やっ―――」 「何?」 「いや、何でもない」  やっぱり何か変だ、と言いかけた言葉を飲みこんだ。  いつもの陽菜ならお花見プリンを食べた時のように全身で喜びをあらわすはずなのに、この静寂せいじゃくは何だろう。  会話すらなく黙々と食べるのは、信じられないほどおいしいのか、あまりにも期待はずれで口に合わないのか、はたまた心をさいなむ何かが原因なのか、一緒にいる俺は気になって途中からカレーの味もあやふやになったまま食事を終えた。  カレー屋を出たところでおずおずと陽菜に声をかけてみる。 「あのさ、俺が何か気にさわるようなことした? それともカレーが期待はずれだった?」  真剣に訊ねると、陽菜はきょとんとした顔をしたが、俺を安心させるかのようにゆっくり微笑んだ。 「優は何もしてないし、カレーは文句なしにおいしかったよ」 「じゃあ、どうして―――」 「早く着きすぎてお腹がすいてたの。あたし、食いしん坊だから空腹だと不機嫌になっちゃうんだよね。勘違いさせたみたいで、ごめんね」  そうだったのか、と俺が顔をあげると陽菜はいつもの快活な笑顔を向けてくれた。 「さて、同士よ。本日の獲物をしとめに行きますか!」 「おう。今回は下調べも万全だ。上々の戦果で帰ろうぜ!」  気を取り直した俺が言うと、陽菜は笑って最初の古書店へと足を向けた。

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