花吹雪
第三章 親友 23

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 香純は陽菜に普段、学校での俺はどんな感じなのか聞きたがった。  陽菜が俺に目配せしたので、変なことは話すなよと両目に力をこめて返す。  思いは空しく、陽菜はいつもぼんやりしてる、を皮切りに期末試験での大失態を話しはじめた。  俺が『おい!』と止めるも香純の好奇心を抑えるなどできるはずもなく、陽菜は自慢げに俺の失敗談を語る。  忘れもしない二学期の期末試験最終日。  最終科目の現代社会の問題を全て解き終えた俺は、連日の勉強疲れがたたって試験中に居眠りしてしまったのだ。  さらに悪いことに解答用紙によだれを垂らしてしまった。  試験監督の教諭は苦笑して回収し、クラス中の笑い者になった俺は一緒になって笑いながらも、顔から火が出そうなほど恥ずかしい思いをした。  叱られるに決まってると覚悟した答案返却だったが、現代社会の教諭は笑って『よく頑張ったな。途中で寝なくてよかったじゃないか』と答案を返してくれた。  平均点をうろうろしている俺がクラス内席次三位の快挙を成しとげた答案用紙だったので、教諭はこの珍事を努力の結晶として受け入れてくれたらしい。  それでも自分のだらしない話を香純にされるのはあまりいい心地ではないが、話し上手な陽菜が面白おかしく語るのを大笑いして聞いている姿を見ていると、どうでもよくなってくる。 「だからね。あたしはいつもぼんやりするなよって言ってるの」 「あっはは。面白い」 「陽菜は言い過ぎだよ。海みたいなよだれじゃなくて、ほんのちょっとだったろうが」 「あっははは」  俺の気持ちを知らない香純は指をさし、片手で腹を抱えて笑い続ける。  気を良くした陽菜が今度は体育の授業中、顔面でサッカーボールを受け止めて盛大に鼻血を流した話を始めると、これまた香純は聞きたがった。  体育の授業でサッカーをしたとき、ディフェンダーだった俺はサッカー部に所属する男子のシュートを顔面で受け止め、滝のような鼻血を流したのだ。  チームメイトから『ナイスセーブ!』と称賛されたのも束の間、俺は友達に抱えられて保健室につれていかれた。  手当てしてくれた校医に『やんちゃは程々にね』と笑われ、鼻の穴に分厚い綿をつめた姿で戻ると、最初は心配していた友達たちから爆笑された苦い想い出だ。  あの時、俺の顔を見た陽菜には『優には笑いの神様がついてるの?』と笑いを通り越してあきれた顔で言われたものだ。  もう恥ずかしすぎてその場にいるのが拷問ごうもんのように感じた俺は『ジュース買ってくる』と言って公園の入口に向かった。  俺の背中に陽菜が『あたし紅茶』、『わ、私はミネラルウォーター』と二人の注文が入る。片手をあげて応えた俺は自動販売機の前で思いっきり溜息をついた。  本当に二人を逢わせてよかったのかと疑問が浮かぶも、香純があんな風に楽しそうに笑う姿は初めて見たし、これも陽菜のお陰かと思うと、失敗談を暴露ばくろしたのは頂けないが、徐々に感謝の気持ちが湧いてくる。  俺が心に重傷を負った失敗談を香純が笑い飛ばしてくれるのなら痛快つうかいだ。  気分を持ち直し、香純にミネラルウォーター、体を冷やさないため紅茶好きな陽菜には紅茶、そして弁明を続けて喉がからからな自分には久しぶりに炭酸飲料を買ってベンチに戻る。  途中、姿は見えないが二人の笑い声と共に『陽菜』『香純』とお互いを呼び合うのが聞こえた。  この短時間でお互いを名前で呼び合うまでに意気投合いきとうごうしたらしい。 「こちらでよろしかったですか、お嬢様方?」  皮肉たっぷりの口調で飲み物を差しだすと、二人は顔を見合わせ、笑いながら受けとった。 「あ、優くん、ありがとう」 「ご苦労、鼻血マン」  は、鼻血マンって。そのネーミングセンスどこから出てきた。 「香純の親戚の家はどこにあるの?」  紅茶を一口飲んだ陽菜が訊ねると、ミネラルウォーターに口をつけようとした香純はもう一つある公園の出入口を指差した。 「公園から出て、少し歩いた住宅街」 「へー、いいとこだね。学校は?」 「えーと、木花之佐久夜毘売学園」 「えっ、ごめん、もう一回」 「このはなさくやびめ学園」 「古風な響きで、さすがお嬢様学園って感じがするね」  会話が弾む二人に俺は胸が高鳴った。  俺が知らない情報をいとも容易たやすくゲットできるとは、ナイスだ陽菜。  この調子で失敗談から脱線し、香純の話をもっと掘り下げてくれ。  今度は願いが届いたのか、陽菜は興味深そうな目で先を続けた。 「あ、ねえねえ、歌うのは好き?」 「うん。音楽大好き」 「あたしも。じゃあ、後でカラオケ行こうよ」 「カラオケ?」  高校生にはありきたりな遊びに香純は首を傾げる。  会話のキャッチボールが途切れてしまい、陽菜は困惑した面持ちで俺を見た。 「香純、カラオケは歌を歌う場所だよ。自分が好きな歌を思いっきり歌っていいんだ」  世間知らずのお嬢様に説明すると、香純はふわりと笑みをこぼした。 「行ってみたい。三人でたくさん歌おうね」  同意を求められた陽菜は、どこかに落ちない顔をしたが一拍遅れて頷いた。 「行こう行こう。香純は綺麗な声だから、きっと歌うまいんだろうなあ」 「それほどでも…」  顔を赤く染めた香純が冷たいミネラルウォーターのボトルを頬にあてて呟く。 「あ! そうそう、音楽の授業で優が大熱唱した事件もあったな」 「何それ、聞きたい!」 「おい、よせ! あれは歌の試験で張りきっただけで事件じゃない」  慌てて止めようとするが、俺の失敗談コーナーが再開してしまった。  それからしばらく俺の音楽好きは並じゃないとか、SF小説好きなので空想少年だった過去を暴露されたりと散々な時間を過ごしたが、陽菜は俺自身でさえ忘れていた想い出をよく覚えているなと感心させられた。

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