花吹雪
第三章 親友 19

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 毎日顔を合わせていたせいか、たった一日逢えない日が耐えがたいほど長く感じる。  朝食後に八重婆ちゃんから『今日は出かけないのかい?』と訊かれたので、部活と春休みの課題をすると答えた。  勉強の方は毎日こつこつやってきたお陰で折り返し地点は過ぎたが、部活のレポートはまだ書きあげていないので、今日中に仕上げてしまうつもりだ。  冷蔵庫には課題に必要な材料が揃っているので、昼食は俺が作ると八重婆ちゃんに伝えるとニュースを見ながら『お手並み拝見だねえ』と含み笑いをされた。  レシピを見つつ、台所で悪戦苦闘あくせんくとうする俺を八重婆ちゃんは洗濯や掃除をしながらちらちら様子をうかがっていたが、一切口を挟まずに見守ってくれたので自分のペースで集中して調理に打ちこめた。  思ったより時間がかかるも、昼時のテーブルには茶碗蒸しとなすと豚肉の味噌炒めを並べられた。  食事中、八重婆ちゃんはどれもおいしいと上々の評価をくれたが、食後に『バランスを考えるなら、もっとお野菜がほしいねえ』といいアドバイスをくれた。  洗い物を八重婆ちゃんに任せ、俺は部屋に戻るなり部活のレポートにとりかかった。香純に作った分と合わせて書きあげれば、晴れて部活の課題は終了となる。  完成品の絵を描かなければならないのには小学生じゃあるまいしと苦言くげんを漏らしたくなったが、勉強机から色鉛筆を引っ張りだして何とか描いた。  あまり絵心がない自分を恨めしく思うが、絵はさほど重要じゃないだろうと腹をくくる。  しかし、心配性の俺は絵のフォローをするためレポートの感想欄をぎっしり埋めつくして書いておいた。  書きあがったレポートをファイルにしまい、達成感から大きく伸びをすると両肩の筋肉がほぐれて気持ちいい音がする。  時間を忘れるほどレポートに没頭したのに、壁の時計はまだ午後三時だった。  香純と過ごす時間はあっという間に過ぎるのに、何と一日の長いことか。  嘆息たんそくを漏らすとドアがノックされ、八重婆ちゃんが友達とお茶に行くと伝えに来た。俺が今日は出かけないでこのまま勉強すると伝えると、八重婆ちゃんは無理しないようにと言い置いてご機嫌に出かけて行った。  久しぶりに家に一人きりになった俺は、宣言通り春休みの課題に挑む。  何か気をまぎらわせていれば知らず内に時間が経ち、また明日になれば香純に逢える。  そういえば、香純の学校は課題が出なかったのだろうか。  覚えていたら明日訊いてみよう。  もし、出ていたとしたら苦手な国語に苦戦してるだろうなと思うと、手伝ってあげたい気持ちが強く芽生える。  女の子に対して自分がこういった感情を持つのは初めてだ。  中学生の修学旅行の夜、誰が好きかを語り合ったり、誰と誰が付き合っていると定番の話で盛りあがったが、あの頃の俺は気になる女の子のほんの一面しか知らなかったんだと今ならわかる。  同じクラスの男勝りで快活な女の子だったが、属するグループが違った俺はほとんど会話らしい会話をしたことがなかったし、知っていることと言えば名前と明るい性格だけだった。  感じのいい女の子だなと想い続けていたが、ただのクラスメイトで終わり、卒業アルバムに書いてもらった一言も『高校行っても元気でね。ばいばい』と簡素なものだった。  病床びょうしょうの母さんがせこけた顔で『優、第二ボタンつけたまま帰ってきちゃったの?』とおかしそうに笑うので、苦い思いをした俺は『それは高校生だろう?』と突っ張るも、式典後に第二ボタンどころか全てのボタンを奪われた男友達を見てきた直後でもあり本音は寂しかったのだ。  いま思い返せば、何もわかっていない俺にはお似合いの終わり方だったと思う。  そして香純と出逢ったことで、俺の中に相手を守りたい気持ち、相手の気持ちを察する大切さ、何より相手を知ろうとする勇気や努力といった人として大切な感情が呼び覚まされた。  ただ想うだけでは何も伝わらず、想いをぶつけるだけなのもよくない。  少しずつ少しずつ距離をちぢめる大切さと楽しさを俺は学んだ。  何も男女の仲だけじゃなく、人間関係全てに言えることで、どんな関係も継続させるには困難がつきものであり、お互いの尊敬する気持ちと日々のたゆまぬ努力が必須だと胸に刻んだ。  そういう大人な考えを香純は自然と体現たいげんしてしまうから本当に尊敬している。

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