花吹雪
第四章 花吹雪 37

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「私たち偶然、同じ人を好きになっちゃったんだ」 「―――ごめんね。公園で仲良く話す二人を見つけた時、やきもちから香純に逢わせてって無理矢理言っちゃった。でも実際逢ってみたら、香純はすごくいい子で―――ごめんね」  謝ると香純は優しく笑って、やんわりと首を横に振る。 「私たち親友だから謝ることなんてないじゃない。ふふ、同じ人を好きになるなんて、どれだけ気の合う親友だろうって、私は嬉しくてたまらないよ」  何も言えなかった。  ありがたくて、あたたかくて、嬉しくて、悲しくて、精霊でも何でもいい、あたしは香純が好きなんだと心から実感した瞬間だった。  香純に促されて背後のベンチに並んで座ると、こらえていた感情が一気にあふれだした。  伝えなきゃ。あたしが知っていることをちゃんと伝えなきゃ。 「優は、優はさ、あたしじゃなくて……うぅ…香純のことが、好きだと、思う」  必死の想いで言葉にすると香純は悲しそうな瞳をあたしに向け、次から次へと零れる涙を手のひらで拭ってくれる。 「あたしは…うぅ……ひぐっ…気づいちゃったから、二人を応援しようって……うぅ…」  押し殺していた気持ちを言葉にすると、香純は再び両手を握り、聞いて、とでも言うようにぽんぽんと手の甲を叩いてきた。 「私は人間になって優くんと結ばれたいとずっと想い続けてきた」 「―――うん」 「でもね。桜の木はとても弱くて、たとえ精霊でも永遠に存在できる訳じゃない。この傷が示すように、桜が枯れてしまえば私も消える。それだけじゃなくて、もし人間になれなかった場合、もう二度と人の姿にはなれないとサクヤビメ様から教えられたの」  香純は淡々と語るけれど、彼女の前に立ちはだかるハードルが高すぎて、正直あたしの理解の範疇はんちゅうを超えていた。  それがどれだけ恐ろしいことなのか、香純の手がわずかに震えているのに気づいたあたしは手を握り返した。 「でも、香純ならきっと、大丈夫、だよ」  ぐすん、と鼻を鳴らして元気づけると香純は『ありがとう』と呟いた。 「陽菜」 「うん」 「私にもしものことがあったら、優くんをお願い」  ずしん、と胸の奥に鈍痛どんつうが走った。  優が他の誰かと結ばれるのもつらいけれど、香純がいなくなるのも嫌だ。  優はお母さんをうしなって一年も経っていないのに、もし香純がいなくなるなんてことになったら今度こそ自分の運命を呪い、世界中を敵に思い、天に向かって唾を吐きかけるほど歪んでしまうんじゃないかと心配になってしまう。 「そんなこと、急に、ぐすっ……言われても」  混乱し、迷い、心が乱れているあたしに香純はやわらかい笑みを向けると優しく両手をさすった。 「優くんは陽菜の言う通り、本当にのんびり屋さんだね」 「―――えっ?」 「優くんにとっての私は憧れの存在にすぎないの。彼は自分が真心から好きな人にまだ気づいていないだけ。陽菜は私たちを応援するって言ってくれたけど、私は陽菜と優くんを応援する」 「えっ? えっ? それって―――」 「ふふ。もうすぐ百年を迎えるって言ったでしょ。こう見えて私、人間で言ったら九十歳越えたお婆ちゃんだよ」  思いもよらない言葉に少し冷静になったあたしは、まじまじと香純を見つめた。  そうだ。人間に換算すれば香純は人生の大先輩だ。  いつ頃から人間の姿になれるようになったのか知らないけれど、彼女は高校生のあたしよりずっと多くの経験をして、ずっと多くのものを見てきているはず。 「優くんと陽菜はお互いに好きなことを言いあったり、自分をいつわらずに相手に接することができるでしょ?」 「―――うん」 「そういう相手がいるのってすっごく幸せなんだよ。私はこの場所で長い時間、多くの人を見てきたけど、心と心が通いあっていて、お互いに尊敬できている人たちは年を経るごとに、時代の変遷へんせんとともに少なくなってきたと感じるの。ほら、あれを見て」  香純が指差す先には花見客が残していったのだろう、ごみ箱ではない場所にペットボトルや買い食いした残り物や、アルコール飲料の瓶と缶が打ち捨てられていた。 「華やかな桜祭りも一部の心ない人たちがこういう風に壊してしまう。自分だけ楽しめればいい、自分が幸せなら他人は関係ない、みんなが捨ててるから自分も捨てていい、そういう考えを持つ人間が増えてきたの。乱暴な言い方をすれば、ルールは破るためにあるって自分を正当化するような人もいる。私はそんなの認めない!」  香純は初めて見せたけわしい表情を緩めると、あたしの目をまっすぐに見つめて笑った。 「人間は相手を思いやれる美しい心を持っているの。それを自分の大切な人だけに向けるのではなくて、見ず知らずの困っている人に自然と向けられる人も本当はたくさんいる。私が出逢って言葉を交わした人間は優くんと陽菜だけだけど、二人は思いやりに満ちたあたたかい心を持った人だよ」  心が静まる香純の声に耳を傾けていると、あたしはいつの間にか泣きやんでいた。 「そう、かな?」 「そうなの。ふふ、歳をとると話が長くなっちゃっていけないね」  ちろっと舌を見せて笑う香純の姿に心が和んだあたしは、思わず噴きだして笑ってしまった。  見た目が高校生の九十代はミスマッチ過ぎて笑えてしまう。 「香純はもしもの時って言ったけど、困っている時に力になれないのは親友じゃない。あたしは香純も守るし、優も守るって約束するよ。だから、そんなに悲しいことはもう言わないで」  手を強く握って哀願あいがんすると、香純は口をほの字にして驚いていたけれど、嬉しそうに言葉を噛みしめるとゆっくり頷いた。 「ありがとう。そんな嬉しい言葉をかけてくれたのは陽菜がはじめてだよ」 「人間とか精霊とか関係ない。心が通いあったんだから、あたしたちは親友だよ」  ほろり、と香純の頬を桜色をしたしずくが流れた。 「いっけない。二人ともこんな顔してたら優が心配しちゃうね。これでも見て笑っちゃおう!」  あたしがポケットから三人の変顔写真を取りだすと、一目見た香純はほがらかに笑った。 「ちゃんと写っててよかった」 「あたしも精霊と一緒に写真に写れてよかった」  二人でひとしきり笑った後、あたしは写真を香純に手渡した。 「いいの?」 「もちろん。約束したでしょ」 「ありがとう。初めてのカラオケに初めての桜祭りとライトアップ。この写真には私の大切な想い出が全部つまってる」 「これからもたくさんの想い出を作ろう。想い出の数だけ写真も増えるよ」 「うん。嬉しい。ありがとう、陽菜」  そう言うと、香純はもう一度写真を見てから大切にカーディガンのポケットにしまった。  公園の時計はもうすぐ午後五時になろうとしている。  待ち合わせは夕方と漠然ばくぜんとした約束だったけれど、のんびり屋の優もそろそろ公園に向かう頃だろう。  また三人で桜祭りを楽しんで、変顔の写真を撮って、楽しい想い出を増やしたいなとあたしは思った。  何でも言いあえる親友を見ると、芝生広場でお花見の後片付けをはじめる花見客たちをあたたかい目で見守っていた。

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