花吹雪
第一章 桜の季節 7

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 何の因果いんがか、通学に使う電車が陽菜と同じなので、どちらから言いだした訳でもないけれど、時間が合う時は一緒に帰るようにしている。  昇降口で上履きを持ち帰るのを忘れそうになった陽菜を呼び止めた。 「もう一回、一年生やる気かよ」  からかい口調で言うと、陽菜は苦笑し『危ない危ない』と呟きながらビニール袋に上履きを入れる。  あちこちで記念撮影や談笑している卒業生と親御さんたちの間をぬって、校門へ向かい桜の木に顔を向けた。  数輪の花が咲き、つぼみふくらんできて、本格的な開花までもう間もなくといった感じだ。  例年なら咲いてもいいものだけれど、今年は開花が遅れている。  一日も早く咲かないかとはやる気持ちを抑えたが、顔に出ていたらしく校門を出た所で陽菜が口を開いた。 「優は本っ当に桜が好きだよね」 「母さんが好きだったからかな」 「そういえば入学式の時、一緒に見てたね」 「よく覚えてるな。っていうか、入学式だと俺まだ陽菜のこと知らなかったな」  そう言うと、陽菜は当惑とうわくした表情を見せたが、何もなかったように微笑んだ。 「知らなかったのはお互い様でしょ。でも、親子三人の後ろ姿は幸せそうだったから記憶に残ってるの」 「そっか、ありがとう」  あの日を覚えていてくれる人が一人でも多いのを知った俺は嬉しくなって礼を言った。  陽菜はどうしてお礼を言われたのかわからないらしく、きょとんとしていたが『今年も綺麗な桜が咲くといいね』と通学バッグを振りまわして威勢よく言う。  最寄駅もよりえきに向かう途中も桜並木の通学路を歩きながら桜の花を探していると、調子に乗った陽菜が『どっちが先に花びら見つけるか競争』と言いだした。  やる気になった俺は一本一本注意深く観察したが、何輪か花を見つけられただけで勝敗のつかないまま最寄駅に到着してしまった。  二人で改札を抜けてタイミングよくホームに滑りこんできた電車に乗ると、陽菜がスマホを取りだして神保町遠征で購入予定のリストを見せてくる。  日本人作家はあいうえお順、外国人作家はABC順に並べられたリストから几帳面きちょうめんな性格がうかがえる。 「これとこれは夏に行った時はなかったから、今回は期待してるの」  陽菜が示す題名は確か六十年ほど前に絶版ぜっぱんになった本だ。手に入れるのは難しいだろうし、あったとしても美品なら値が張りそうだ。 「ネットで探せば、もっと安く手に入るかもしれないぞ」  思いつきで言うと、陽菜はスマホ片手にぶんぶん首を振った。 「それは最終手段。やっぱり実際自分で手にとらないとわからないもん。本のいたみとか中に書き込みがないかとか、納得できる物じゃないと買いたくない」  なるほど、と頷いて陽菜には陽菜なりのこだわりがあるんだなと理解した。  言ってはみたものの、ネットでの購入を最終手段にしているのは俺も同じなので、それ以上はすすめずに車窓から見える桜の木を眺めた。  香純はもう親戚が住む街に戻って来ただろうか。  卒業式の日は学校によってまちまちだし、花見には早すぎるからまだかもしれない。  そう思うと、早く逢いたい気持ちがいて胸がもやもやするが、自然には逆らえないから仕方がない。  天気予報では、しばらく晴天が続いて気温も上がると言っていたから大人しく待とう。 「ねえ、ちゃんと聞いてた?」 「ん、ごめん、何だっけ?」  全く聞いてなかった俺が謝ると、陽菜はふくつらで額にチョップを打ちこんでくる。 「まあ、いいけど。春だからってぽわーっとしてるなよ。ただでさえ優はいつもぼんやりしてるからさ」 「俺、そんなにぼんやりしてるかな?」 「してる。ほら、優が降りる駅だよ」  電車が速度を落とし、ホームの駅名を見た俺はぼんやりを否定できない悔しさを抱いた。車内アナウンスを聞き逃すほど物思いにふけっていたらしい。  陽菜がいなかったら、乗り過ごして泡を食うところだった。  短く礼を言って扉に体を向けると、三つ先の駅まで行く陽菜は車内に残り『ぼんやりして転ぶなよ』と俺の背中に忠告してきた。反論できない俺は苦笑まじりに小さく頷いて電車から降りる。  ぷしゅーと音をあげて扉が閉まり、ゆっくり電車が走りはじめると車内の陽菜は笑顔で手を振った。いつも通り手を振り返し、電車が過ぎ去ったホームをてくてく歩いて改札を抜ける。  歩き慣れた通学路で転んだら陽菜の予言通りになってしまう。  気を引き締めた俺は家までの道をいつも以上に気をつけて歩いた。

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