花吹雪
エピローグ 50

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「あ、そうだ、優。これ、聞いたことある?」  横からかけられた声に顔を向けると、陽菜は立ちあがって何かを探しはじめた。  不思議そうに見つめる俺に、振り向いた陽菜はにかっと笑う。 「桜の花びらを指二本でつまんで取れたら願いが叶うんだって」  言ったそばから遠くから運ばれてきた花びらがあらわれ、陽菜は何とかつまもうと試みたが、とらえることはできず、花びらは風に乗って運ばれていった。 「うわ、すっごい難しい」 「そりゃそうだろ。簡単につまめたら願い事が叶い放題だ。あえて難しくしてあるんだよ」  そう言いつつも俺も立ちあがって桜の花びらを探す。  むっと眉をつりあげた陽菜は右往左往するが、しばらくして『あっ』と声をあげた。  視線の先で、香純の桜の残り少ない花びらが風に揺られて舞った。  はらはらと落ちてくる花びらをつまもうと、俺たちは小さな花びらを追い求めて歩いた。  少し風に運ばれてしまったが、数枚は俺たちを目がけておりてくる。  はらり、はらり。 「つーかまーえたっ!」  陽菜の手をすりぬけ、俺が挑むもうまくつまめない。  けれど、この花びらは諦める訳にはいかない。  体勢を立て直して再び挑むと、同時に手を出したからか、陽菜の手と合わさって花びらは止まった。  陽菜は手を合わせた俺の顔をまじまじと見つめて呟く。 「これって、手のひらだけどいいのかな?」 「いいんじゃないかな。ほら、願い事」  お互いの手のひらの間にある花びらを落とさないように、俺たちは並んで願い事をする。  俺は心の中で遠い未来で香純が精霊から人間になれるように願った。  願い事を終えて手を離そうとすると、陽菜が『待って!』と大声を出して手をつかんでくる。  見ると、両目をつむって真剣に何事か願っているので、終わるまで待とうと陽菜の手をつかんだ。 「ありがとう。もういいよ」 「うん。それじゃ、仲間たちの所に戻してあげよう」  二人で同時に手を離すと桜の花びらは風に乗り、他の花びらとともに遠くへ飛んでゆく。  飛び去る花びらを見ながら陽菜に問いかけた。 「何を熱心に願ってたんだ?」  陽菜は耳まで真っ赤に染まった顔で振り向くと、口を中途に開いて閉じた。 「あたしと香純だけの秘密!」  子供じみた答えに失笑した俺は、そうかと頷いた。 「親友との約束だから、優には秘密」  固い決意の表情に俺は笑っていた顔を引っこめると、真顔で桜の木を見上げた。  香純、陽菜はずっと親友だと想い続けてくれるから大丈夫だよ。  俺も今は君を失ったばかりで、恋について考える余裕はないけれど、誰かを心から愛する大切さは知っている。  君は俺たちの心に美しいものを残してくれた。  君と過ごした美しい想い出があるから、俺たちは前に進めるんだ。  これからも逢いに来るから、寂しい想いはさせないから、安心して大丈夫だよ。  ありがとう、香純。  そして、さようなら。 「そろそろ行こうか。待たせちゃってるし」  陽菜がおずおずと声をかけてきたので、俺は小さく頷いた。 「うん。あ、言い忘れてたけど、海苔巻おいしかった」 「でしょ!」 「今度作り方教えてほしい」  二人で笑いながら来た道を戻ろうとすると、爽やかな春風が背中を押し、風の中に透明な声が聞こえたような気がした。 『また来年』  陽菜と同時に振り返ると、香純の桜が静かに風にそよいでいた。  顔を見合わせた俺たちは桜に向き直った。  返すべき言葉は決まっている。 「また来年」 「また来年」  口を揃えて俺と陽菜が言うと、応えるように桜の木はさわさわと音をたてた。  優美な花を咲かせ、花吹雪とともに花びらを散らす儚い桜は、葉桜の季節からすでに次の年に咲き誇るための準備をはじめている。  寒さが厳しい冬を越えれば、あたたかい春が来るのを桜は知っているように、どんなにつらいことがあっても、それを乗り越えられる心の強さがあるのを人間は知っている。  きびすを返した俺たちの前を花吹雪が通り抜けた。  もうすぐ桜の季節が終わる。          ―――――了

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