花吹雪
第四章 花吹雪 44

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 気がつくと俺は公園にいた。  空は雲一つなく澄み渡り、誇らしげな満開の桜たちが風に揺られ、はらはらと枝から花びらを落としている。  最高のお花見日和なのに公園に花見客は一人もいない。  川沿いの方からも人の気配がなく、桜祭りのにぎわいや歓声も聞こえずにひっそりとしている。  まるで街中に俺一人だけが残されてしまった世界にいるような感覚がするが、SF小説の読みすぎだとゆるく頭を振った。 「優くん、ぼんやりするなよ」  背後から声をかけられて振り向くと、してやったりの表情を浮かべた香純がいた。 「―――香純」  頭をずきん、と刺しこむ痛みが襲って手をあてる。  ああ、そうだった。俺は事故にあったんだ。  なのに、ここにいるのはどうしてだ。  これは夢か。  痛みが和らいだ頭をさすり、答えを知っているだろう香純を見ると、彼女は真剣な眼差しを向けてくる。 「これから私が言うことは全部本当のことだから、よく聞いて」 「うん」  前置いてから、香純は自分が桜の精霊であると明かした。  突飛とっぴな物言いに俺はうろたえたが、表情には出さないように努めた。  香純は嘘をつかないと信じている。  百年経つと化けると八重婆ちゃんが言っていた話が現実と知り、陽菜には自分から説明する前にバレてしまったと教えられ、俺が事故にあったのは事実だと知らされた。 「それで、私は仲間たちと花吹雪を起こしたの」 「花吹雪?」 「桜には人の心を癒す力がある。花吹雪は春の終わりを告げるものだけど、私たち精霊が力を与えることで傷ついたものを癒せるようになる」 「まさか、俺を助けようと……?」  香純は静かに頷いて話を続けた。 「長い歴史でも精霊が花吹雪を起こしたのは、ほんの数回だけ。とても力を消耗するから、花吹雪の後は長い眠りにつかないとならないの」  ぐさっ、と胸をつらぬくような痛みが走った。  花吹雪の代償だいしょうに気づいた俺は声が震えるのも構わず言葉をつむいだ。 「俺を、俺を助けたから……香純はいなくなってしまうのか?」 「人間の姿になれないだけで、いつでも私はここにいるよ」  そう言って、俺の背後にある約束の桜の木を示した。  父さんも母さんも大好きな桜の木。  はらはらと舞う花びらになでてもらっているような安心感が芽生え、気づくと頬を涙がこぼれていた。 「サクヤビメ様が、お別れの時間を許してくれたの」 「―――サクヤビメ様」  その名前は知っている。古事記に出てくる神話の女神だ。

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