花吹雪
第三章 親友 28

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 夜の公園はライトアップはされていないが、明るい街灯がいとうに照らされた満開の桜もなかなか味わい深い。 「今日はどうもありがとう。二人のお陰でとっても楽しい時間が過ごせて嬉しかった」 「あたしも楽しかった。一度、二人っきりで過ごしたいと思えるほど香純が気に入っちゃった」  陽菜の言葉に香純の瞳が震えた。  別れが名残惜しいのか、香純はゆっくり陽菜の手を握ると感謝の気持ちを呟く。 「朝は友達って言ったけど、私たちもう親友だよね」 「当ったり前でしょ。あたしもここまで気が合う女の子は初めてだから嬉しいよ。親友って呼んでくれてありがとう」  感動的な場面に微笑む俺に気づいた香純は静かに陽菜の手を離すと、こちらに顔を向けてにやりと笑った。 「優くん、一日ゴチでした。どうもありがとう、鼻血マン」 「なっ―――」 呆気あっけにとられる俺の横で陽菜が今日一番の爽快な笑い声をあげる。 「お前がいらんこと吹きこんだせいだろが!」 「事実でしょ。優にはいらんことでも、あたしたちにはいい想い出になってる、だよね、香純?」 「うん。二人は本当に仲が良いんだね」 「「ええっ⁉」」  唐突とうとつな物言いに俺と陽菜は協力して、そういうんじゃない、と必死に否定した。  慌てる俺たちを見て香純はくすくす笑っていたが、誤解されていないようにと俺は願った。  騒動が落ち着いたところで明日の予定を訊ねると、 「ごめんね。明日は無理なの。桜が満開だから家族でお花見」  と、寂しそうな顔で香純は俯いてしまう。  そうか、と思って俺は肩を落としたが、隣の陽菜にばしっと肩を叩かれた。 「明日はあたしも部活で明後日は優と神保町遠征の予定」  すっかり忘れていた俺は額を叩いて、そうだったと思い出した。 「明後日なら私は大丈夫だけど―――」  と香純が言い淀むと、腰に両手をあてた陽菜が俺たちの間に立った。 「じゃあ、こうするのはどう? あたし達が行く古本屋は夕方には閉まっちゃうから、早めにこっちに 戻って来てから一緒に遊ぼう。ライトアップ期間なら香純もそこまで時間気にしなくて大丈夫なんでしょ?」  陽菜の提案に香純は顔をあげて頷く。  目先のことばかり考えて一喜一憂いっきいちゆうする俺よりも、しっかり者の陽菜は常に全体を把握しているからクラスでも部活でも人からしたわれる存在なんだなと心から感心してしまった。 「優はどう?」 「それでいい」 「香純は?」 「うん。夕方にはここに来るね」 「よし、決まり。それじゃあ、明後日の夕方ね」  次の約束がすんなり決まると、ほっとしたのか香純は微笑んで手を振り、何度かこちらを振り向きながら公園の出口へと去って行った。 「ありがとな、陽菜」 「お礼を言うのはあたしの方だよ。あんなにいい子と逢わせてくれてありがとう」  その声が湿っているのに気づいた俺は、顔を見ないようにして口を開いた。 「どうした?」 「香純、あたしのこと親友って言ってくれた」 「うん」 「あたしは男勝りのじゃじゃ馬でずっとこんなんだから、あたしと対極の世界にいるような女の子とは仲良くなれないって思ってた」  急にしおらしいことを言いはじめた陽菜の言葉を俺は静かに受け止める。 「それがあんなにいい子だなんて。親友だよって言ってくれるなんて思わないじゃない。それだけで香純はあたしにとっても恩人だよ」 「嬉しかったんだな」  呼びかけに陽菜は頷くと、両手で目を拭って夜空を見上げた。 「―――かなわないや」 「え?」 「―――何でもない」  聞きそびれた陽菜の言葉を訊き返そうと思ったがやめておいた。  落ち着いた感情を逆なでする愚行ぐこうになりそうで、彼女の気持ちを想うとそっとしておいてやりたい。 「あの桜、大丈夫かな?」  声に張りが戻った陽菜が待ち合わせにしている桜の木を指差す。  言われるまで気づかなかったが、折れた枝に包帯を巻いて治療してある。  痛々しい姿を見た途端、頭をがつんと殴られたような衝撃が貫いた。  父さんが治療した桜の木はこれだったのか。  よりによってどうして、と疑問に思い、思い入れのある桜を傷つけた顔も知らない誰かに腹が立ったが、父さんは大丈夫と言っていたからきっと元気を取り戻してくれるはずだ。  陽菜には父さんが治療したとか細々こまごましたことは伝えないでおこう。さりげなく自慢しているみたいで何だか嫌だ。 「きっと、大丈夫だよ」 「うん。桜祭りが無事に終わるといいね」 「らしくないこと言いだすなんて、どうした陽菜?」 「香純と出逢えたのがこの場所だから、この桜もあたしにとって特別なの。それを誰かが傷つけたんだってわかったら、他の桜も大事にしてる人がいるはずだから、これ以上傷つけないでほしいなって、そう思った」 「そうか」 「変なこと言ってごめんね。遅くなるといけないし帰ろう」  きびすを返した陽菜を駅まで送ると、口数の多い彼女には珍しく言葉数が少ないまま改札まで歩いた。 「香純さ、ライトアップ期間は門限が九時になるって言ってたけど、それ以外はどうなの?」 「いつも陽が暮れる夕方には帰るよ。そういえば去年もライトアップ期間は門限が午後九時になったって言ってたな」 「やっぱり厳しいお家柄なのかもね」  何か気の利いた冗談でも言ってやれたら、少しは陽菜の気持ちもまぎれたのかもしれないが、俺はそういうのがヘタクソで間抜けに隣を歩くことしかできなかった。 「じゃあ、明後日は現地集合にしようか?」 「うん。早めに行ってお昼食べてから回ろう」  改札で別れる時にはいつもの陽菜に戻っていたので俺は安心した。  軽く手を振りホームに続く階段に姿が消えるまで見送ると、俺は暗い夜道を家に向けて急いだ。

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