花吹雪
第四章 花吹雪 46

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「優!」 「優くん、婆ちゃんだよ!」 「優! お願い、目を覚まして!」  体にふれる誰かの手の感覚と、何度も呼びかけてくる声に俺はゆっくりとまぶたを開いた。  目の前に涙に濡れた顔の父さんと八重婆ちゃん、それから陽菜がいた。 「優!」 「婆ちゃんだよ! わかるかい!」 「優! ああ……優…うぅ」  俺は助かったのか。  薄緑色の入院服に身を包んだ自分の姿を見つめて身を起こそうとすると、体中に貼られた医療器具が引っかかって一苦労だった。 「婆ちゃんだよ! わかるかい!」 「わ、わかるよ。八重婆ちゃん」  のどのひりつきを感じながら答えると、八重婆ちゃんはベッドに顔を埋めて泣きだした―――かと思ったら、隣の父さんを引っぱってきた。 「誰だかわかるかい!」 「と、父さん」  答えた俺を父さんは力強く抱きしめてきた。  放心してされるがままになっていると、一しきり喜んだ父さんは俺の両肩をつかんで揺すった。 「優、大丈夫か? どこも痛くないか?」 「大丈夫だよ。どこも痛くない」  父さんは安堵の息を漏らすと、八重婆ちゃんと陽菜と顔を見合わせた。 「先生を呼んでくる」 「婆ちゃんも行くよ。あのお医者様は頭が堅くていけないからねえ」  無事を確認した父さんと八重婆ちゃんは、陽菜に俺のことを頼んで病室を出て行った。  ほうけた顔で病室の扉を見つめていると、陽菜が頬をこつんと小突いてきた。 「―――馬鹿」 「ごめん」  心配かけて申し訳ないと俯くと、頬に冷たい感覚があり、さわってみるとわずかに水滴がついている。 「ちゃんとお別れできたみたいだね」  陽菜の問いかけに、今しがた香純と別れたのを思い出した俺は無言で頷いた。 「眠ったまま泣いてたから、そうじゃないかなと思った。ありがとう……香純」  陽菜は全て知っているから、話しても信じてもらえそうもない話も納得できるのだろう。  黙ったままでいると、陽菜は俺が病院に運びこまれてからのことを説明してくれた。  香純の花吹雪に全身を包まれた俺は、花びらが光とともに消えてしまうと体中の傷が消えた状態で気を失っていたらしい。  医師たちが治療を再開するも、目立った外傷はなくなり、心拍数も正常値に回復していたので、どこも治療する箇所はないが意識が戻りしだい検査を受けてもらうのを条件に病室に移されたそうだ。 「お婆ちゃん、お医者様が頭が堅いって言ってたでしょ?」 「うん」 「あたしも気持ちはわからなくもないよ。だって、重傷で運びこまれて危ない状態だったのに、桜の花びらが治しました、なんて不思議な話、誰も信じないでしょ?」 「そうか―――」  助かったのはありがたいけれど、後遺症こういしょうやら何やらの検査で退院するのに時間がかかりそうだなと覚悟した。 「優が無事でよかった」 「心配かけて、ごめん」  万感の想いをこめて頭をさげると、陽菜は目尻に溜まった涙を拭って顔を横に振った。  どこか寂しさを感じさせる顔を見ている内に、俺の目に涙がにじんできた。 「ごめん、陽菜。俺のせいで、陽菜から親友を、奪って……」 「香純の決心した顔見たら止められなくて、あたしの方こそ、ごめん……うぅ…」  一度は止まった涙を再び溢れさせ、陽菜は俺の手を握ってきた。  俺がぼんやり事故に巻きこまれている間、陽菜は想像できないほどつらい思いをしたはずだ。  夢の中で別れた俺と違って、現実で香純と別れて花吹雪を見届けたのだから、その気持ちを思うとかける言葉を見つけられない。  それでも、大切な人を失った喪失感と悲しみの感情を共有できるのはお互い以外にいない。  きっと、香純は俺たちがお互いに罪悪感から謝るのを快く思わないだろう。  陽菜のバレーボールで鍛えられた手を握り返すと、彼女は唇を噛んだまま顔を向けてきた。 「陽菜、助けてくれてありがとう」 「うん。優も、生きててくれてありがとう」  お互いに視線を交わして感謝の気持ちを伝えると、どちらからともなく微笑んだ。 「優、退院したら香純に逢いに行こうね」 「うん。香純にも感謝の気持ちを伝えたい」 「ついでにお花見もしようよ。香純の好きな音楽かけてさ」 「はは、いいなそれ。父さんと婆ちゃんも一緒に、にぎやかにやろう。その方が喜んでくれそうだ」  そう言うと陽菜は満面の笑みになり、俺の手を握ったまま何度も頷いた。  ふと、窓の外を見ると病院に植えてある桜の木から、月明かりに照らされながらはらりはらりと舞い散る花びらが風に乗ってどこまでも、はるか遠くへ飛んでゆく姿が見えた。

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