花吹雪
第三章 親友 25

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「そっか。使い方からだね」  陽菜が香純にタッチパネル式リモコンの使い方を教えると、熱心に授業を聞く生徒さながらに香純は頷いて見せた。  練習を兼ね、俺が隣について陽菜のリクエスト曲を伝えると、香純はたどたどしい操作で送信する。  ハイテンションな曲がはじまると陽菜はマイクに向けて『ありがとう!』と叫んだ。  有名なシンガーソングライターの曲を熱唱する陽菜の姿に香純は目を輝かせ、俺は部屋の隅に置かれていたタンバリンとマラカスを持ってくると、香純と二人で合いの手を入れる。  店員さんがドリンクとおしぼりを持ってきてくれたので、俺が丁重に受けとると、完全にスイッチが入った陽菜は店員さんに向かって『サンキュー!』と叫んで苦笑されていた。  演奏が終わると陽菜は香純にマイクを手渡した。  心細そうな目で香純が俺が見てくるので、何でも好きな歌を歌えばいいと伝える。  香純は難しい顔をしたが、何かを思いついたらしく曲を送信するとマイク片手に立ちあがる。  前奏がはじまった途端、俺は喜びで心がじんわりとあたたかくなった。  いつもCDウォークマンで聴いていたお気に入りの曲を香純は選曲したのだ。  彼女も好きな曲でくり返し聞いていたのを思い出して頬が緩んでくる。  香純は緊張も物怖ものおじもせず、爽やかな春の訪れと桜の優美な姿を表現した曲を透明感あふれる声で歌いはじめた。  ハイテンションの熱唱を終えた直後の陽菜でさえ、香純の歌声に聴き惚れて静かに体を揺らしている。  やがて曲が終わると、俺たちは揃って拍手した。派手さは全くないが、心にみいる静謐せいひつな感動に俺の胸は震えた。 「香純、上手じょうず! 感動したわー」 「俺も感動した」  二人で褒めそやすと香純は頬を染めて『ありがとう』と呟き、いそいそと俺にマイクを手渡してくる。 「優くん、さっき陽菜が話してくれたの歌ってくれる?」 「ええっ⁉」  香純の無茶振りリクエストにたじろぐと、まだ歌っていないのに陽菜が思い出し笑いをした。 「いいじゃん、いいじゃん。あたしももう一回聴きたい」  陽菜の援護射撃を受けた香純は大きく頷いて期待の眼差しを向けてくる。  後に退けないと腹をくくった俺は、学校で歌う曲だから入っていないかもと検索するも、すぐにヒットしたので観念して送信した。  前奏がはじまりマイクを握って立ちあがると、香純と陽菜は仲良く並んで今にも噴きだしそうな顔を向けてきた。  そこまで楽しみたいなら存分にやってやろうじゃないか。  第一声から渾身こんしんの気持ちを乗せて歌いはじめた途端、二人が弾けたように大笑いした。  きっと合唱部ではおごそかにこの曲を練習するんだろうけれど、俺が歌うとどうしてか笑いの種になってしまうらしい。  笑いすぎて涙をこぼしはじめた二人をさらに追いこもうと思い、サビに入ると力をこめて腹から声を出す。  演奏が終わる頃には、笑い疲れた二人はくすくすと肩を震わせてドリンクを飲んでいた。 「言ったとおり、迫力あったでしょ?」 「ふふ、面白かった。ふふ、あはは!」 「優さ、このクオリティで音楽の先生にほ、ほめ、褒められ、ぷーっ、あっはっは!」 「ふふ、あっははは!」  まだ笑っている二人の向かいにどっかりと座った俺は深い息をはいた。 「はー、疲れた。一曲目からこれはしんどい」 「言っとくけどね、そんなに熱唱する歌じゃないんだよ、これは」  目尻の笑い涙を拭いて陽菜が言うが、歌詞に感情移入するとどうしても熱唱してしまう。 「優くん、休んだらもう一回歌って」 「はい?」 「もう一回歌って」  香純の本気とも冗談ともわからない言葉に調子はずれな声で応えたが、無茶振りは承知の上なのでもう一回歌ってもいいかなと思った。  何より、二人があんなに幸せそうに笑ってくれるなら何度でもリクエストに応えるつもりだ。  ものすごい体力消耗するから休憩は必要だけど。  桜のライトアップが始まるまで楽しもうとフリータイムで入店したので、その後は意気投合いきとうごうした香純と陽菜が交互に歌い合ったり、二人とも知っている曲ならユニゾンで歌ったり、休憩を終えた俺が他の課題曲を熱唱して爆笑を巻き起こしたりとにぎやかな時を過ごした。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません