花吹雪
第二章 再会 10

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 翌日は晴天で、起きぬけにカーテンを開けて太陽の光を全身に浴びた俺は何かいいことが起きる前兆ぜんちょうのように感じた。  洗顔をすませて仏壇の母さんに挨拶をする。挨拶は毎日欠かさず行ってきた。  心の中で今日はいい日になりそうだよ、と報告すると、やはり母さんの写真は幸せそうに笑っていた。 「おはよう、優くん。朝ごはんにしようね」  隣の居間から声をかけてくる八重婆ちゃんに『おはよう』と返して俺は立ちあがった。 「もう少しで準備できるよ」  そう言って微笑む八重婆ちゃんに自分から手伝いを願いでて、二人でてきぱきとテーブルに配膳はいぜんをして席に着いた。  両手を合わせて『いただきます』をして二人で朝食をはじめる。  繁忙期はんぼうきの父さんはとっくに出かけてしまっているので、この時期は二人だけで食べるのが常だ。  テレビで朝のニュース番組をやっていて、八重婆ちゃんは朝食を食べながら詐欺さぎのニュースに腹を立て、子供を虐待ぎゃくたいして逮捕された親に怒り、異性問題を起こした芸能人にしかつらになり、金銭の汚職で辞職に追いこまれた国会議員に憤慨ふんがいし、交通事故のニュースに心を痛めた。  はあ、と溜息をついた八重婆ちゃんがはしを置く。 「朝からろくでもない話ばかりだねえ」 「そうでもないよ、ほら」  あじの開きをつつきながら俺が言うと、女性アナウンサーが笑顔で桜予報をはじめていた。  八重婆ちゃんも機嫌を直したようで、顔をほころばせて画面を見る。  開花宣言はまだだが、中継先の桜はちらほらと可愛らしい花が咲いていた。 「ようやく咲いたかい。今年は寒い日が長かったからどうかと思ったけど、やっぱり桜はいいねえ」  大きく頷いた俺は白米を喉につまらせ、緑茶をぐいっと飲んだ。 「もう川沿いの桜も咲いたかな?」 「そうだねえ。テレビと同じくらいなら咲いたかもしれないよ」 「洗い物したら見に行ってこようかな」  八重婆ちゃんは毎日三食作ってくれるので、食後の洗い物は俺の担当になっている。 「婆ちゃんも桜は好きだから、優くん先に行って見てきてちょうだい」 「うん。ばっちり偵察ていさつしてくるから楽しみに待ってて。あ、悪いけど昼飯は外で適当に食べる」  桜が好きなのは八重婆ちゃんも同じだ。  高校生になった俺は友達と花見に行くだろうと気を回してくれていて、花が見頃になったら茶飲み仲間と一緒に見に行くらしい。  八重婆ちゃんは元気で行動的な所が息子の父さんとよく似ている。  お歳を召した茶飲み仲間もみんな壮健そうけんで愉快な人たちばかりだ。時々会うくらいの茶飲み仲間かと思ったら、カラオケに行ったり、夏には登山を楽しんだり、若者に負けじとアミューズメントパークでボウリングやダーツに興じたりと人生を謳歌おうかしている。 「頼んだよ。みんな今年の花見はこっちでやろうって楽しみにしてるからさ」  俺は『了解』と答えて味噌汁を一息に飲み干すと『ごちそうさま』と手を合わせて食器をさげた。  部屋に戻ってTシャツの上にフード付きの白トレーナーを着てジーンズに着替える。春物のコートを着て行こうか迷ったが、予報では気温がぐんぐん上がって春本番の一日と言っていたので止めておく。財布と鍵をポケットにつっこみ、いつも持ち歩いているトートバッグを手にとった。  念入りに歯磨きをして居間に戻ると、朝食を終えた八重婆ちゃんがソファに座り、ニュース番組に次々映し出されるろくでなしたちに腹を立てていた。 「まあひどいことを」 「まあ恐ろしいことを」 「ああ、かわいそうだねえ…」  と、一つ一つにリアクションをとるから洗い物をしていてもどんなニュースなのかわかってしまう。  ダスターでシンクの水気を拭きとり、タオルで手を拭いた俺は八重婆ちゃんに声をかけた。 「じゃあ、婆ちゃん行ってくる。夕方には帰るよ」 「はいはい、気をつけて行っておいで」  八重婆ちゃんは俺がどこに行くのかは必ず確認するが、誰と何をして過ごすのか深い所までは詮索せんさくしてこない。母さんもそうだったが、無事に帰ってきてくれればそれでいいと八重婆ちゃんも思っているらしい。  家を出た俺ははやる気持ちを抑え、早足から駆け足になりそうなのを抑えてゆっくり歩きだした。  そういえば、香純かすみと一緒の所を誰かが見ていたらしいし、陽菜ひなに言われたようにぼんやりしていてはいけない。  両手をぐるんぐるんと大きく振るって気合いを入れてから川沿いの緑道に足を向けた。

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