ブブッとメールの着信が聞こえ、課題そっちのけで追憶に浸っていた俺はスマホを手にとった。 『部活終わったー。帰ったら課題やるけど、わかんないとこあるから教えて』 陽菜からのSOSだった。多分、苦手な理数科目だろうと思い、半分以上終わっていた俺は即答で『了解』と返した。 『サンキュー。数学マジやばい』 返信にやれやれと首を振った俺は、ふと思いついたことを伝えておこうと返信を送った。 『予め伝えとくけど、香純は携帯電話持ってないから連絡先は訊かない方がいいよ』 『へー、珍しい。じゃあ優はいつもどうやって逢ってるの?』 問われたまま、去年から自然と桜の木の下で待ち合わせするようになったと書き、あくまでも予想だけれど家が厳しいのかもしれない、と香純をフォローするために送る。 『なるほどね。見た感じお嬢様オーラが半端ないのはわかるわ。ま、携帯持ってないのは不便だろうけど、あたしは気にしないよ。先に教えてくれてありがと。じゃあ、夜に連絡するから課題の件よろしく。また後でね』 メールを終えてスマホを机に戻すと玄関が開く音が聞こえた。 八重婆ちゃんと一緒に父さんの声も聞こえてきたので、二人を出迎えようとほとんど進まなかった課題をそのままにして居間に顔を出す。 「ただいま。さて、洗濯を取りこんでお夕飯にしようねえ」 てきぱきと動きはじめる八重婆ちゃんに『おかえり』を伝え、父さんに向き直る。 「父さん、おかえり」 「ただいま」 「今日は早かったね」 「ああ。今日は公園の周りを診て回ったからな、家から近かったんだよ」 公園と聞いて胸がどきりとした。 もし、今日も香純と逢っていたら父さんに見つかる所だった。 悪いことはしていないが、隠しておきたい気持ちが強い。 父さんには顔を合わせる度に今日はどこで作業するのかと聞いて警戒していたが、まさか今日だったとは。 「そうだったんだ。それで、公園の桜どうだった?」 平静を装って訊ねると、父さんは途端に渋い表情になる。 「桜の枝が折られていたが、早く気づけてよかった。しっかり手当てしてきたから大丈夫だろう」 「お花見を楽しむのはいいけど、ろくでもないのがいるねえ」 洗濯物をたたみながら八重婆ちゃんがいやいやをする子供のように首を振る。 「まあ、大した傷じゃなかったのは幸いかな。すぐに診てやれたのも運がよかった」 「本当に大丈夫なの?」 桜の木は弱くて、少しの傷でも最悪枯れてしまうと言っていたのを思い出した俺が問うと、父さんは緊張をほぐそうと微笑みを浮かべて続ける。 「そんなに深刻じゃないよ。確かに古木桜だけど、今も元気に育ってるから心配しなくて大丈夫だ」 自信に満ちた父さんの声に安心した俺は頬を緩ませて頷いた。 「今日は久しぶりに三人揃って夕飯食べれるな。風呂入ったら用意手伝うよ」 「いいよお。今日は焼き飯とスープだから婆ちゃんがちゃっちゃと作るからねえ。久しぶりに早く帰って来たんだから、のんびりしなさいな」 「そうか。それじゃあ、ありがたくそうさせてもらおうかな」 父さんが母さんに挨拶に行くと、八重婆ちゃんはたたみ終わった洗濯物をとんとん、と叩いて俺に顔を向ける。 「お夕飯ができたら呼びに行くから、優くんものんびりしなさい」 「ありがとう、婆ちゃん。もう少し部屋で課題やるよ」 それから部屋に戻った俺は真剣に課題に取り組み、途中、電話で陽菜のレスキューをし、逆に国語でつまづいていた所を教えてもらった。 陽菜は明日香純に逢えるのが楽しみだ、と声を弾ませ、公園に行く前に駅で待ち合わせてから一緒に行こうと決めた。 通話を終え、明日は三人で逢うからどう過ごそうかと思案を巡らしはじめた所で八重婆ちゃんが夕飯ができたと呼びに来た。 刹那、二人を逢わせるのに賛成したが、香純に変な誤解をされるんじゃないかと不安を抱くもすぐに打ち消した。 きっと香純はそんな小さなことは気にしないだろう。 それよりも新しい友人の登場に好奇心で胸を震わせ、喜びそうな気がする。 一人で悩まずとも、俺一人では思いつかないような妙案をきっと陽菜は思いついて三人で楽しい時間を過ごせるだろうと思えた。 段々と不安よりも期待の方が大きくなってくる。 一見、静と動の極地にいる香純と陽菜だが、香純は無茶振りするような一面も持っているから、ああ見えて陽菜と気が合いそうだ。 二人の化学反応がどうなるのかは神のみぞ知るだが、女の子二人がタッグを組むのだから男の俺は逆らわないでおこうと肝に銘じた。 八重婆ちゃんに再度呼ばれ、返事をした俺は慌てて部屋を出た。
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