駅前で下見したばかりの雑貨店につれてゆくと、香純は可愛いブローチとヘアピンにすぐに反応し、からんころんとベルを鳴らして店内に入って行った。 慌てて後に続くと、香純は目をきらきら輝かせて店内に置いてあるものを片っ端から見て回りはじめる。 他にお客さんがいなかったのもあり若い女性店員さんが声をかけてくると、香純は好奇心旺盛に手にとった商品を『これは何に使うんですか?』と訊きはじめた。 丁寧に説明してもらい、お洒落なシャンプーやコンディショナーの容器だとわかったり、収納ボックスだと判明したりと、まるで宝探しをしているような感じで馴染みのない俺もとても楽しい。そして香純と一緒だとなおさら楽しい。 香純はまだ他の商品の説明を訊きたそうだったが、他のお客さんが来店したので店員さんは残念そうに『失礼します』と言い置いて接客に向かった。 「何が知りたかったの?」 「これ」 香純が指差したのはサーフボードの小さなサイドテーブルだった。 そのままを伝えると、香純は両腕を組んで首を傾げる。 「優くん。サーフボードって何のこと?」 思いがけない質問に俺は反射的に『は?』と答えたが、香純の顔が真剣だったのでサーフィンというマリンスポーツで使う板だと教えた。 「ちょっとやって見せて」 「はい?」 「お願い」 俺もテレビや雑誌でしか見たことないが、見よう見マネでその場で演技すると香純は大きな声で笑った。笑い声につられて振り向いた店員さんと若いカップルも俺を見るなり口元をおさえて笑いを堪えている。 「と、とにかく、波に乗ってこうやるものなんだよ」 恥ずかしい思いをしたが、香純が笑ってくれたならいい。 質問した当人は笑いすぎてサーフィンがどういうものかは、どうでもよくなっているらしく、まだくすくす笑っている。 その後もいろいろと棚に陳列された商品を見て回ったが、香純はもう質問はせず、店内を一巡りした所で何も買わずに外に出た。 「あー、面白かったー。優くんのこれ」 と言って香純は路上で波乗りのマネをしたが、不器用にかくかくした動きだったので今度は俺が失笑してしまった。 「笑わないでよ。初めてやったんだから」 「香純だって笑ったじゃないか、お相子だよ」 「まったく、仕方ないなあ」 香純は腰に両手をあて、わざと膨れ面をしてすぐに微笑んだ。 「まさかサーフィンを知らないなんて、嘘だよね」 「え、あ、うん」 そう言った香純は笑いを引っこめて頬を赤く染めた。 わかりにくいが、きっとサーフィンを知らない振りをしたのはわざとに決まってる。 知ってて俺にあんなことをさせるとは、意外と無茶振りする一面があるんだなと思い知らされた。 その後は輸入雑貨の店を訪れ、また香純は物珍しそうに店員さんにあれこれ訊ねていたが、親切な店員さんは嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれた。 確かに輸入品だけあって俺でも頭にクエスチョンマークが並ぶ品が多かったので、隣で聞いている身としても十分楽しめた。 楽しい時間はすぐに過ぎてしまい、店員さんに『また来ます』と言って外に出ると夕方間近だった。 一旦公園に戻った俺たちだったが、帰り道の間、たびたび香純がサーフィンをやるので相当ツボに入ったんだなと思いつつ、愛らしい彼女の姿を笑いながら目に焼きつけた。 「今日はとっても楽しかったよ。どうもありがとう」 「俺も楽しかった。どうもありがとう」 「じゃあ、また明日ね」 「うん、また明日」 夕暮れを告げるチャイムが流れる公園で、俺たちは去年と同じく手を振って別れた。 帰り道で香純の手にふれた自分の手を感慨深く見つめた。 格好はほとんど変わっていなかったが、去年よりさらに綺麗で可愛くなってたなと思うと胸がどきどきしてくる。 一緒に過ごした時間はまだ一週間に満たないのに、彼女への想いが日に日に増していって、溢れてしまいそうなのを懸命に押しとどめている自分がいる。 いっそ、この想いを一思いにぶつけたい衝動にかられてしまうが、彼女の気持ちを想うと俺の一方的な感情で今の心地よい関係が壊れてしまうのは何よりも怖い。彼女の心を乱してしまうのも怖い。 怖い、怖いだけでは何も前進しないのはわかりきっているが、もうしばらく桜の季節が終わりを迎えるまでは自分の気持ちを伝えるのはよそうと俺は思った。
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