花吹雪
第四章 花吹雪 43

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 坂を駆けあがり、病院の駐車場に着いたあたしは後ろを振り返って花吹雪に向かって大声をあげる。 「香純、こっちだよ!」  花吹雪が速度をあげるのを確認したあたしは敷地内を見回し、すぐに見つけた救急搬入口に駆け寄った。  すでに敷地に到達した花吹雪を見て、物珍しさから一般病棟にいた患者さんと付き添いの人や看護師さんたちが外に出てくる。  みんなが驚いたり、怖がったりする声をあげているけれど、香純の邪魔をするつもりはないようなので、あたしは救急入口の自動ドアのストッパーを探した。  目の前の傘立てが使えそうなのでストッパーにすると、自動ドアは開いたままになった。 「何をするんですか!」  受付の男性が事務室から飛びだしてきたので『ごめんなさい!』と言って、今度は診察室の扉を開く。  後ろを振り返ると、救急の待合室の人たちは何事かと不審な視線であたしを見ながらも、事務員さんの対応に任せた。 「すみません。お気持ちはわかりますが、受付をしていただかないと。どなたかのご家族―――」  事務員さんの言葉は花吹雪に包まれ、中途で消えた。  花吹雪に驚いた事務員さんと待合室の人たちの声に負けじとあたしは声を張る。 「こっちだよ!」  開かれた診察室の扉に花吹雪が吸いこまれるように入ってゆく。  驚いたお医者さんと患者さんの声の間を進み、一番奥の重厚な扉の前で花吹雪はゆらゆらと宙で止まった。  あそこに優がいるんだ。  扉を開けなければと走りだそうとした肩を誰かにつかまれ、あたしは振り払おうと全身を使って抵抗した。 「待ちなさい! 救命室には今、重傷の患者さんがいます!」 「離してください! あたしは香純をつれて行かないと!」  顔を向けて訴えると、若い男性のお医者さんはひるんだ目で素早くまばたきをした。 「すいません! どなたか窓を開けてください! 得体えたいの知れない桜を追い出しましょう!」  お医者さんの呼びかけに、診察室にいる他のお医者さんと看護師さんたちが窓に向かうのを見たあたしは大声をあげた。 「やめて!」 「あのう―――」  戦々恐々せんせんきょうきょうとした診察室におっとりした声が響き、騒いでいたあたしたちは一斉に声のあるじを見た。 「連絡を受けた大島です。息子は―――息子は無事ですか?」  見覚えがある作業着姿にあたしは呼びかけた。 「優のお父さん!」  あたしの声に優のお父さんは驚いた顔を向けてきた。  何度か本の貸し借りで家にお邪魔した時に顔を合わせた程度だけれど、青ざめてやつれた顔に胸が痛む。 「陽菜ちゃん、どう―――、あれは、何だ?」  後半はあたしに向けられたものではなく、救命室前の花吹雪に向けられた言葉だった。  身をよじると肩に置かれた手に力が入り、すきをついて駆けだすのもままならない。 「おじさん! 扉を開けて花吹雪を優に逢わせてあげて!」 「な、君は一体―――」  一人息子の事故と眼前の不可解な現象に優のお父さんは両手で頭を抱えてしまう。  だけど、ここで引きさがる訳にはいかない。  頼りは今、優のお父さんしかいない。 「優を信じて! 扉を開けてあげて!」  金切り声で叫ぶと、優のお父さんは凛々りりしい顔をあげた。  お医者さんたちが止める間もなく、あたしの前を走りすぎると優のお父さんは救命室の扉を開いて花吹雪を中に招き入れた。  救命室は二重扉になっているらしく、優のお父さんが奥の扉を開くとものすごい速さで花吹雪が飛びこんでゆく。  部屋の中から驚きと悲鳴の入り混じった声が聞こえはじめ、優のお父さんが大声で息子の名前を呼んでいる。  肩をつかまれた力が緩み、あたしが救命室に駆け寄ると、部屋全体をおおった花吹雪は寝台に横たわる優をやわらかく包み、まばゆい光を放った。  香純、やったよ。あたしたち、やったんだよ。これで、よかったんだよね。

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