卒業式を終え、三年生を送りだして教室に戻った俺は学年最後のホームルームで担任から春休みだからと浮かれずに、夜遊びの禁止や危険な場所へは近づかないようにと注意を受けた後、どっさりと課題を受けとった。 私立桜山高校は普通科と特別進学コースの二つに分かれている。 俺が在籍する普通科でも結構な分量の課題を出されるのだから、特別進学コースの生徒は悲鳴をあげるか、歓喜の雄叫びをあげるか、どちらかなのだろう。それに加えて、大学受験に向けての春期講習もあるから春休みなど無いに等しい。 片や普通科は進級が難しい生徒のために、再々テストと言う名の春期講習を行い、学年末試験の成績が芳しくなかった生徒は出席さえすれば晴れて進級できるという救済措置が組まれている。 前の席から送られてくる課題を机の上に積んでいると、隣の席の佐野陽菜が苦い顔をこちらに向けてきた。 教室内がざわざわしているので、陽菜もその一員になって泣きそうな声をあげる。 「うえー、こんなにあるの? あたし部活もあるのにー」 「そんな顔するなよ。ちらっと見たけど、一年の総復習みたいだからすぐ終わるって」 「ちぇー、読みたい本がたくさんあるのに、くそっ、この課題め!」 悪態をつきながら陽菜は課題の山にスパイクを打ちこむポーズをした。 陽菜はバレーボール部に所属し、レギュラーの座を勝ちとろうと練習に励んでいる。 同年代の女子の中でも背が高く、百七十後半の俺の身長とほとんど変わらない。 さっぱりした性格で、髪型もボーイッシュなショートヘアと第一印象は誰でも爽やかなスポーツ女子だと感じると思う。部活の先輩からはかわいがられ、同学年の友人たちの相談相手として学内でも人気者だ。 陽菜はクラス内には同じバレーボール部の女子がいないが、他の女子ともつかず離れず上手くやれている。 だけど陽菜にとって最も気の置けないクラスメイトは決して自慢ではないが、どうやら俺らしい。 と言うのも陽菜は大変な読書家で、休み時間に小説を読んでいた俺に一方的に話しかけてきて作品の熱弁を振るったことがあった。 何だ何だ、と思ったのは俺だけではなく、他のクラスメイトも同じように驚いていたが、同好の士を見つけた陽菜の熱は収まらず『私と友達になって!』と握手を求めてきた。 告白だ、何だ、とクラス中から散々からかわれたが、ただの読書仲間だと浸透するまで長い時間がかかった。 当時の俺は母さんを亡くし、クラスメイトの気遣いもあたたかくて心地よかったが、段々と腫物を扱うような素振りが腹立たしく感じてきた頃だったので、陽菜の登場は憂鬱を吹き飛ばして、平凡な高校生活の幕開けになったから内心では感謝している。 本人は知らないだろうが陽菜はクラス内外から人気があるので、たまに俺を羨む声が聞こえてきたりするが、そういう間柄ではないので一切気にしていない。 「まあ、やりますよ。何とかしますよ。それより、優。春休みの神保町遠征はいつにする?」 期待に満ちたきらきらした瞳を向けてくるが、俺は渋い顔で話をまとめようとしている担任を指差した。
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