花吹雪
第四章 花吹雪 40

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「遅い。のんびり屋にしても遅すぎる」  公園の時計が午後五時半を過ぎても優はあらわれず、あたしは不満たっぷりに言った。  夕陽も大分沈んで薄暗くなってきている。  もうすぐライトアップがはじまるだろう。  香純の正体を知った所であたしたちの友情は揺らがず、今日は何をして楽しもうかと二人で語りあっていた。  香純は音楽がお気に入りで目を輝かせてカラオケに行きたいと言ったけれど、夕方からは料金が高くなるのでまたの機会に楽しみはとっておく。  それから優の熱唱を思い出して二人で笑い、香純が小食なのは人間の食べ物を養分として吸収するまでに時間がかかるからだと教えてもらった。  だから飲み物はミネラルウォーター一筋なのか、とあたしはようやく理解した。 「連絡してみようかな」 「優くん、昼寝して寝過ごしてるのかも」  あたしがスマホを取りだすと、香純がありえる意見を言ったので苦笑してしまう。 「さすが香純。本当に寝坊だったら、またプリンおごってもらおうよ」 「ふふ。自業自得じごうじとくだね」  と、笑った香純の表情が急にけわしくなり、辺りを見回した。 「桜が騒いでる」 「え、何それ?」  辺りを見ても、風にそよぐ桜がさわさわと音を立てているだけで、あたしには騒いでいるとは感じられない。 「こんなの初めて―――」  困惑顔の香純は立ちあがると、約束の桜の木に駆け寄って手をあてた。  ただならぬ雰囲気にあたしが隣に立つと、香純は見る見る内に顔から血の気が引き、あえぐように息をはいた。 「優くんが、事故にあったって桜が騒いでる」 「えっ! 嘘、でしょ―――」 「信号無視した自転車にぶつかって、車道に倒れた所を車に―――」  大きな瞳に涙を浮かべる香純を見て、あたしの心臓にずしんと重いなまりを落としたような衝撃が襲ってきた。 「そんな……さっきまで……いや、早く、一緒に、病院に……」  現実だと脳が理解するが、実際に出た言葉は途切れ途切れになってしまう。  川を越えた先に大きな病院がある。あそこは救急も受け入れているから、大きな事故なら間違いなくそこに運ばれるはずだ。  再び『早く行こう』とあたしがかすと、香純は幹に手をあてたまま拒絶するように首を振った。 「私は行けない」 「どうして⁉」 「仲間と力を合わせて優くんを助ける」  香純の決意の眼差しにあたしは息を飲んだ。  そうだ。精霊の香純なら優がどんな状態であっても助けることができるかもしれない。  たとえ、お医者さんがさじを投げるような状態でも救えるかもしれない。 「香純の仲間の桜さん、あたしからもお願いします。優を助けてください!」  あたしが公園の桜と緑道に見える桜たちに深々とお辞儀する姿を、香純は真剣な顔で見つめてくる。 「私も初めてだからうまくいくかわからないの」  不安そうな香純にすがる思いで視線を送ると、彼女は緊張した面持ちであたしを見た。 「どうするのかわからないけど、あたし待ってるから終わったら一緒に行こう!」  バレーボールの試合をフルセット戦い終えた時のように心臓がばくばく暴れるのを感じながら言うと、香純は頬を強張こわばらせて目をそむけた。 「私は行けない」  短い言葉の中にあふれんばかりの寂寥感せきりょうかんが感じられて、あたしは香純の両手をつかむ。  香純は目を背けたまま、まぶたを閉じると消え入りそうな声で言葉をつむいだ。 「命を救うには精霊の力をとても消耗するの。再び人間の姿になれるまで、私は長い眠りにつかないといけない」 「眠るって―――まさか、また百年も―――」  残酷な問いに香純はあっさりと頷いた。 「待って、そんなことしたら、もう香純と逢えなくなる。そんなの嫌だよ」 「―――陽菜」 「香純が無理をしなくても、きっとお医者さんが優を助けてくれる。だから力を使わないで!」  必死の願いも香純は受け入れるつもりはないらしく、厳しい面持ちで首を横に振った。

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