でも、目の前に立つ桜の精霊が人の姿であらわれる本当の理由を、多分あたしはわかっているつもりだ。 そのことを想うと胃の腑がぐっと沈みこむ感覚に襲われる。 聞きたくないけど知りたい。はっきりさせたい。 親友同士に隠し事はなしだ、との想いがあたしに勇気を与えて背中を押してくれる。 「香純は―――優が好きなの?」 泣きそうになるのをこらえて絞りだした声で問うと、香純は大きな目を見開いてあたしを見た。 まばたきも身じろぎもせず、桜の幹に手をあてたまま黙っていたが、やがて何かを憂うように顔を伏せた。 「―――うん」 返答を聞いた途端、胸が張り裂けそうなほど締めつけられ、呼吸をするのが苦しくなった。 鼻の奥がつん、とするけれど両手をぎゅっと握りしめて感情の昂りに耐える。 「初めて出逢った人間が優くんだった。まだ幼い優くんが家族とお花見に来た時、私は彼とこの公園で陽が暮れるまで一緒に遊んだの」 遠い目で懐古の情に浸る香純の姿は、神聖な精霊というより恋に悩む人間の女の子だ。 「優くんは毎年、桜の季節になると公園に来て、静かに桜を眺めると満足して帰って行った。私はその姿を遠くから見ているだけしかできなかった。何年も何年もそうしながら、私は桜の精霊なのに彼を見るたびに抱いたことのない感情が声をあげるから戸惑い続けた。私の様子の変化に気づいたのはサクヤビメ様だった。そしてサクヤビメ様はその感情の正体を教えてくれたの」 香純がきらきら輝く大きな瞳をあたしに向けた。 知っている。あたしも痛いほどその感情を知っている。 「恋、だって」 透きとおった声に俯いたのはあたしだった。 優に惚れている、惹かれている、と学校の誰かが言うなら、他の誰かが言うなら、あたしはここまで動揺しなかっただろう。 でも、まさか心を通わせた親友がそうだとは、神様も女神様もあたしたちに試練を与えるのが好きらしい。 「笑っちゃう……よね。桜の精霊が……桜の木が……人間に恋してるなんて」 自嘲する香純にあたしははっきり聞こえるように口を開く。 「笑わないよ。あたしは香純が立派だと思う。人の心を持つ精霊ってすごいよ。人間の感情を理解できて、心に寄りそえる精霊って本当にすばらしいと思う。人間だってそこまで思いやりを持った人はなかなかいないんだからさ」 思ったとおりを言葉にすると、香純は頬を染めて微笑んだ。 「ありがとう、陽菜。サクヤビメ様もそう言ってくれた。私は人間でいう感受性がとても強い精霊らしいの。だからかな。今の陽菜がとてもつらいのも感じてしまう」 胸の内を見透かされた気がしたあたしは、じわりと目に溜まる涙を堪えて香純の言葉を待った。 「陽菜も優くんが好きだよね?」 まぶたを閉じると大粒の涙が頬を伝って零れた。 誰にも言わなかった。 誰にも言えなかった。 学校でどんなに冷やかされてもごまかし続けた。 それなのに、香純に言われると嘘をつけない。 「―――うん」 涙声で答えると、ぼやけた視界の中で香純が近づいてくるのがわかった。 両手を握られ、まばたきをして顔を見ると、香純の瞳も涙に濡れている。
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