花吹雪
第四章 花吹雪 34

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 あたしは家に着くなり部屋にバッグを放りこむと、ばたばた走るのをとがめる母の声を背中で受けながらすぐに外出した。  駅まで駆け、ホームで息を整えながら時計を見ると午後三時半になろうとしていた。  すぐに電車がやってきたけれど、あたしの急ぐ気持ちなど理解しない電車はダイヤ通りに安全運転で優が住む街まで走り続けた。  電車内でじれったい思いを抑えつけ、頭の中で今までの出来事を整理しようと努力したけれど、全てが憶測おくそくにすぎず、確証を得るにはやはり本人を問いつめるしか方法はない。  駅から公園まではゆっくり歩いても十分もあれば着く。  駆け足で改札を抜けたあたしは、花見客で混雑する川沿いの緑道を避けて大通りを選んだ。  緑道よりは人通りが少ないけれど、混雑を逃れて立ち食いする人やお花見の待ち合わせをする人たちが狭い歩道にいるので、ぶつからないように注意しながら走る。  あたしの考えが間違っていなければ、約束の時間じゃなくても彼女はあの場にいるはずだ。  公園の門にたどり着いたあたしは両膝に手をあてて息を整えた。  呼吸はすぐに落ち着いてくれたけれど、緊張のせいか心臓はばくんばくんと波を打っている。  優が来るまで時間に余裕はあるけれど、一刻も早く真相を確かめたいあたしは大きく深呼吸をしてから待ち合わせの桜の木を目指して歩きだす。  開放された芝生広場でお花見を楽しむ人たちの歓声を耳に奥へと進むと、約束の桜の木が見えてくる。  優を想うと、今から自分がしようとしていることにためらいの気持ちがないこともないけれど、真実を確かめたい気持ちが勝り、自然と緩めていた歩調をしっかりとした足取りに戻した。  いないならいないでいい。むしろ、その方があたしの推測すいそくがはずれているからいい。  でも、心の願いは届かず、香純かすみは約束の桜の木の下にいた。  香純は振り向くと、一昨日と同じように優しく微笑んだ。 「陽菜ひな。早く来てくれたんだね」  何の疑いもない声に気持ちがひるみそうになる。 「香純も早かったんだね」 「ふふ、楽しみで早く出てきちゃった」  あくまでもしらをきるつもりなのか、バレないと高をくくっているのか、透明感のある声はあたしを苛立いらだたせた。  敏感に表情の変化を見てとった香純は微笑みを引っこめて、不安そうに首を傾げる。 「怖い顔してどうしたの?」 「香純、あたしに嘘ついたよね」  努めて冷静に言ったつもりだけれど、にじみ出た敵意までは隠せなかったらしく、香純は困惑した表情を浮かべた。 「嘘なんて―――ついてないよ」  言い淀んだ。  りんとしていた瞳が揺れはじめている。  決定的だと思ったあたしは残念に思いながら本心を告げる。 「香純が教えてくれた高校って、世界のどこにも存在しないんだよ」  核心にふれると香純は苦痛に耐えるように顔をゆがめた。 「あたしは嘘をつかれるのが一番苦手なの。それも、親友だって言ってくれた人から言われるなんて思いもしなかった」 「―――ごめんね」  消えいりそうな声で香純が呟いた。  素直に謝ってくれたし、あたしは許すべきだとわかっているけれど、その前にどうしても確かめなければならないことがある。 「香純の学校がどんな所か気になってネットで調べてみたら、学校どころか神話の女神に関する記事がたくさんでてきた。最初は所縁ゆかりのある高校名なんだろうと思ったけど、調べていく内に存在しないってわかった。それから桜の木が傷つけられたのと同時に香純が怪我をしたこと。ライトアップ期間だけは門限がのびること。あまり遠くまで出かけられないこと。これらをまとめて、あたしは一つの答えを導きだした。信じたくないけどさ、まさかだけどさ、香純は木花之佐久夜毘売このはなさくやびめなの?」  昨夜からあたしを悩ませていた問いを本人にぶつけると、香純は悲しそうに俯いて首をゆるゆると振った。

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