「桜たちが、このままだと助からないと言ってる」 香純が力を使わなければ優は助からず、香純は人の姿を保てる。 香純が力を使えば、優は助かるけれど、あたしと優は二度と香純と逢えなくなる。 あまりにも酷な選択に頬を大粒の涙が伝った。 「そんなの、選べない。優も香純も二人とも大切だよ……そんなのって……」 突然訪れた永遠の別れに収拾できない感情の波によって心が支配されてしまう。 「ありがとう。陽菜と出逢えて嬉しかった」 固い決意に満ちた香純の表情に、もう引き止めることはできないと悟った。 涙腺が壊れたように後から後からぽろぽろと透明な雫が頬を伝ってゆく。 立ったまま泣き続けるあたしを香純はやわらかく抱きしめてくれた。 「陽菜、泣かないで。人の姿になれないだけで、私はずっとここにいるよ」 「そうだけど……ぐすっ…もっとたくさん話したかった…もっと仲良くなりたかった…出逢ったばかりなのに、あたしにとって初めての親友なのに……いなくなるなんて嫌だよ…」 小柄な香純が背中を優しくなでてくれると、涙は止まるどころか勢いを増してしまう。 「それは私も同じだよ。そばにいられなくてごめんね……でも、これからも陽菜を見守るから、ずっとここにいるから時々逢いに来てくれたら嬉しいな」 肩から顔を離した香純は、薄桃色の涙を流して寂しそうに微笑む。 「忘れないよ。絶対に逢いに来るって約束する。寂しくなんてさせないからね」 強い気持ちが通じたのか、香純は真っ赤な顔をくしゃくしゃにして笑ってくれた。 「ありがとう、陽菜。大好き」 「あたしも、香純が大好き」 「優くんは必ず助ける。だから、私との約束も忘れないでね」 「任せて。優も香純もあたしが必ず守る」 香純の体がぼやけ、慌てて手のひらで涙を拭うと、背景が見えるほど体が透けていた。 夕陽に照らされた香純は最期にあたしに向かって笑顔で手を振ると、意志の強い瞳を空に向ける。 真昼の花火のように周囲が光り、一瞬目をつむったあたしがまぶたを開いた時には香純の姿はなくなっていた。 香純が立っていた場所に走り寄り、太い桜の幹に手をあてて心の中で香純と桜たちに必死に呼びかけた。 あたしの力も使ってほしい。 優を救えるなら何でもします。 たとえ、あたしの命を削るとしても優に生きてほしい。 優、頑張って。 優がいなくなったら悲しむ人が大勢いるんだよ。 香純がいなくなって、優までいなくなって、あたしを一人ぼっちにしないで。 香純、お願い、優を、助けて。
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