花吹雪
第三章 親友 22

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 駅に着くとデニムジャケットに黒のスキニージーンズ姿の陽菜ひなが待っていた。  私服姿を見るのは夏の神保町以来だが、やはり動きやすくて活動的な服装を陽菜は好む。 「ごめん、待った?」 「いま改札出たとこ。それより優、早かったね」  構内の時計を見るといつもなら徒歩二十分はかかる距離を十分で来ていた。  待たせたらいけないと思い、早歩きして来た甲斐かいがあった。 「それじゃ、行こう」 「うん」  まだ朝の九時を少しまわった時間だが、満開の桜を求める花見客で駅前はにぎわいを見せていた。  陽菜と並んで川沿いの緑道に入ると、風に揺られた桜がはらはらと花びらを散らせて俺たちを出迎えた。 「この辺も大分変ったよね。駅も綺麗になって、お洒落なお店がたくさんできてる」 「確かに。でも、この桜並木は相変わらずだよ」  近くに住んでいるとあまり気にしないが、いざ変わってしまうと変わる前の街の姿を思い出すのが難しい。  商店街も昔ながらの店は少なくなり、新たな飲食店ばかりが目立って様変わりした。  数年振りに来た陽菜からすれば、まったく違う街を訪れているような感覚なんだろう。  前もってネットで下調べをしてきたらしく、俺と香純が一緒に行った雑貨店やおいしいケーキが話題の喫茶店に行ってみたいと隣を歩きながら楽しそうに語る。  それだけでなく、桜祭りの出店で団子やベビーカステラを見つけては目の色を変えて近づこうとするので、買い食いは後の楽しみにとっておけと俺がたしなめなければならなかった。  書店以外の用事で陽菜と外出するのは初めてなので、いつも顔を合わせているのに新鮮な感じがする。  歩きながらあちこち見て回っていた陽菜だったが、公園が近づくと言葉数が少なくなり、入口に至ると無言で門扉もんぴをくぐった。  快活で人当たりのいい陽菜が決然とした表情で黙々と歩むのを見て、やはり初対面は緊張するんだろうと思った。  陽菜がこの調子だと一緒にいる俺まで緊張してくる。  香純かすみはいつも通り桜の木の下で待っていて、俺を見つけると顔をほころばせた。  軽く手をあげると、陽菜の存在に気づいた香純は笑みを引っこめ、不思議そうに首を傾ける。 「おはよう」 「おはよう、優くん」 「今日はどうしても香純に逢いたいって言うから友達をつれてきたけど、よかったかな?」  今さらながらたずねると、香純は好意的な眼差しを陽菜に向けて微笑んだ。  連絡手段がないのでドッキリになったのは仕方ないが、快く受け入れてくれた様子に俺はほっとする。 「香純、同じクラスの佐野陽菜さのひなさん。陽菜、朝倉香純あさくらかすみさん」  間に立って紹介すると、口を真一文字に結んでいた陽菜が勢いよく片手を差しだす。 「佐野陽菜です。優がいつもお世話になってます。香純さんのお話を聞いて、ぜひお逢いしたいと無理にお願いしました。あの、よかったら、あたしと友達になってください!」  こんなに緊張でかちこちになった陽菜は初めて見た。  香純はと言うと、自分より頭一つ分背が高い相手に怯む様子もなく、やんわりと手を握り返す。 「朝倉香純です。女の子の友達は初めてなので、とても嬉しいです。こちらこそ、よろしくお願いします」 「初めての女友達…?」  手を握ったまま陽菜がいぶかるように言うと、はっとした表情になった香純はつながれていない方の手を振った。 「こっちでは初めての友達って意味です。私、普段は遠くの街に住んでいて、毎年桜の季節は親戚の家にお邪魔しているから、優くん以外に友達がいないもので」  いつもの言い間違いかと俺が思っていると、陽菜も合点がいったらしく、納得の頷きを見せて優しく手を離した。  離れようとする香純の手を見た俺はとっさに彼女の手をつかんだ。見過ごしてはならないものに気づいたのだ。 「この手、どうしたの?」  カーディガンの袖口から真っ白な包帯がのぞいていた。  一昨日おとといはこんなものは着けていなかったと記憶しているし、いくら俺がのんびり屋で も気づかないはずがない。  切迫せっぱくした口調で問うと、心配する俺を気遣うようにやんわりとつかんだ手を離した香純は、へへ、とばつが悪そうに笑った。 「昨日、派手に転んじゃって」 「大丈夫? 痛くない?」 「お医者さんに診てもらったから大丈夫。これも大袈裟なだけで、すぐにとれるから平気だよ」  そう言いながら笑って包帯に巻かれた腕を見せるので、俺と陽菜は顔を見合わせて安堵あんどした。  大事でなくてよかったと思いつつ、なぜその場に自分がいられなかったのかと悔しく思う。  自分が一緒にいれば彼女を守れたかもしれない。  せめて俺の手が届く範囲にいる間は、誰にも香純を傷つけさせない。  不甲斐ふがいない自分を叱咤しったし、彼女を守ると強く心に誓った。  気まずい空気を破ったのは陽菜で、いつも座るベンチに移動しようと促してくる。  香純が中央に座り、俺と陽菜が両端に腰をおろすと、小柄な香純のお陰で三人並んで座れた。  もしかしたら、陽菜とのあらぬ間柄を疑われるかもしれないとの危惧きぐは香純にとっては全く問題にならないようなので、意外に思いつつも彼女の人を疑わない純粋さにますます魅力を感じてしまう。

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