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 「お待たせー!」と辞書を片手に駆け込んできた新君が、見知らぬ女の子へ目を釘付けにした。  それからそろりと視線を逸らした。  たぶん、加奈ちゃんではなくて甲斐先輩を視界から外したのだと思う。  するとかんなちゃんが横から思いっきり新君の背中を叩いた。  「ぎゃあ!」と叫んで恨めしそうな目をした新君は、流石は幼馴染み、大概かんなちゃの性質を理解している。  新君に対するそれは間違いなく八つ当たりだ。だから新君は文句を言わない。  気の毒になってしまったけれど、きっとわたしのせい。  もしわたしのせいでなければ誰のせいだろう。 「さーて、練習すっかあ」  新君にしては低い語調でさっさとピアノに向かって行く。  顔には決して出さない。 「聴いていったら駄目ですかあ?」  猫なで声の加奈ちゃんが甲斐先輩にお願いすると、躊躇いもなく甲斐先輩は溜息を吐いた。  何かの拍子に眉間に皺を寄せる癖のある甲斐先輩はそれをしなかった。  かんなちゃんがすうっと加奈ちゃんの腕を引っ張る。  加奈ちゃんは大人しくそれに従った。  なんだかその場に居た、加奈ちゃんを含めた全員に申し訳なくなってしまった。  甲斐先輩の仰々しい溜息で加奈ちゃんは何を感じただろうか。  わたしには量れないものだ。  去り際の加奈ちゃんの浮かべた表情には不満と淋しさが伴っていた。   加奈ちゃんのその横顔はわたしが好まないもの。  それは突き放せない自分が正しいのかわからないからかもしれない。

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