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 青白磁色の樹を後にしたレイたちは、星々の間をどこともなく進んで行った。  「ねえ、レイ。いつもどの辺まで散歩するの?」  「どこまでも。気が向く方へ」  「それじゃぁ、迷子にならない?」  「大丈夫。困ったら星座に聞けばいいんだから」  「そういうもの?」  「そういうものだよ」  レイたちは、どこともなくそらを滑っていった。  赤く炎に包まれた星や、鋼のように硬い星、色とりどりの星花に覆われた星などをグロウは見た。  レイはそれら星たちの土や星花を小さなガラス瓶に入れていた。持ち帰って、部屋に飾るのだと言う。  「そろそろ、戻ろうか」  舟が大きく弧を描いて、銀河ラボの方角へ向いた時だった。歌声が聞こえてきたのは。    「しんでしまった」  「しんでしまった」  「しんでしまった」  いくつもの声が、こだまして聞こえてくる。まるで、囁くように。やさしく、諭すように。  「この歌はどこから聞こえてくるのだろう」  グロウは辺りを見回してみたが、あるのは静かに輝く星ばかり。  「ご覧。舟の真下だ」  舟のヘリにつかまって、下の宙をのぞき込んで、グロウは小さな悲鳴をあげた。  舟の真下。  ずっとずっと遠くの方に、虹色に輝く輪っかがあった。  それは、ひどく不気味な美しさを放っていた。  中心は深い青、そして緑、黄、朱、赤と色が広がっている。  グロウは心がザワザワするのを感じた。目を逸らしたいのに、逸らしてはいけないような。このまま、輪に吸い込まれてしまいそうな感覚を覚えた。  「一つの星が、死んだんだ」  レイが呟いた。  「星は美しい跡を残して、死んでいくんだ」  ぎゅっと、グロウはルナを抱きしめた。  再び、周りの星たちが一斉に歌い出した。 「しんだ」 「しんだ」 「しんだ」 「いきた あかしを のこして しんだ」 「いきた あかしは うつくしい」 「いきた あかし」 「そこに いた あかし」 「いきた」 「いきていた」 「いきようとした」 「しんだ」「いきた」「しんだ」「いきた」  星たちは歌い続けた。  歌声が響く中、舟は進む。  グロウは目を力強く瞑っていた。  「しんでしまった」「しんでしまった」星たちの声が頭の中で、ずっとこだましていた。  「ねえ、レイ。ぼくが死んだら、どうする?」  グロウは俯いたまま、尋ねた。  「死者は、銀河管理局によって天界へ連れて行かれる。だから、ジルコンを呼んで、グロウを安全に連れて行ってもらうよ」  「そうじゃなくて!」  勢いよく上げた顔は、泣き出しそうな顔をしていた。レイはドキリとした。  「そうじゃなくて……」  グロウの声はいよいよ小さくなっていく。ルナの頭に顔を半分埋めて、呟いた。  「レイは、ぼくがいなくなったら、さみしくないの?」  レイは目を見開いた。  さみしい、なんて考えたこともなかった。  長く、長く生きてきたから、誰かが死んで、さみしいと思ったことなんて、なかった。  ああ、いなくなってしまったのだ。  そう感じても、また自分の毎日を過ごすだけだと思っていた。  「グロウがいなくなったら……」  きっと、また毎日がはじまるだけだ。だが、もう「ねえ、レイ」と話しかけてくれる人は、いなくなる。  「きっと、さみしい」  それは、グロウが泣いているから答えた訳ではなかった。  「さみしいって、きっとこんな感じだ。夜、ルナが布団の中に来ない時がある。そんな日は、なんだか寒くって、心が落ち着かない。いつもいるのに、いないから。広いのに、狭く感じる。ああ、そうか。死ぬって、そういうことでもあるんだ」  鼻水まじりの笑い声がして、レイはハッと我に返った。  「……すまないね」  「ううん。レイは面白いね」  笑ってから、グロウはルナの頭に鼻を擦り付ける。ルナが抗議の声をあげた。  レイが「ふふふ」っと笑って、オールを漕いだ。  「さあ、帰ろう!うちへ」

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