いのちはどこから来るのか、どこへ行くのか。 なぜ生きているのか、何のために生きているのか。 ぼくにはもう、思い出せない。 思い出せない程に、 長く長く、毎日を、 生きてきたのだ。 「どうした?」 銀河ラボの窓から、博士は顔を出した。 「今日はやけに騒がしいな」 月面で月うさぎが数羽、ぴょんぴょんと飛び跳ねているのが見えた。 「オヤツの時間はまだなのに…」 少し伸びた銀髪をポリポリと掻きながら、博士は月団子を入れたカゴを持って、外へ出た。 博士の膝くらいまで伸びた、金色に輝く草が、月面を覆っている。ゆっくり波打つように揺れながら、時おり淡く光る胞子を飛ばしている。 頭上では、白やピンク、エメラルドグリーンの色をした星々が、チカチカと静かに輝いていた。 月うさぎは、月でしか育たない希少なうさぎで、その毛並みもやはり、金色の色をしている。 博士の研究対象というよりは、ペットであり、友達でもある。 「おーい、オヤツをもってきたよ」 月団子の入ったカゴを掲げながら、近づいていくと、博士の存在に気がついた月うさぎたちが、一斉に飛び跳ね、異常を知らせた。 「どうした……」 博士が月うさぎたちに近寄ると、何かが草に埋もれているのが見えた。 「人間……の子ども……?」 うつ伏せに倒れている子どもは、どうやら男の子のようだ。青白い顔をしているが、着ている白い服が上下に動いており、息をしているようだ。 「生きているのか、珍しい」 博士は、男の子をまじまじと観察していたが、月うさぎたちが不安そうに見上げているのに気がつき、コホンと咳払いをした。 「たまに落ちてくる奴がいるんだよ」 膝にのってきた一羽の頭をクシャっとなでて、博士はうさぎたちに微笑んだ。 「大丈夫。ちゃんと銀河管理局に連絡するから。君たちは安心して、お団子でも食べていなさい」 博士は男の子を抱きかかえ、ラボへ向かった。 腕の中の男の子は、穏やかに息をしている。その伏せられた長い睫毛、白くやわらかそうな頰。 生きている。この子は、生きている。 博士は、悲しくなった。 この子は確かに生きているのに。 ラボへ帰り、男の子をベットに寝かせると、博士は部屋の隅へ向かった。そこには白く輝く水晶がある。 博士は振り返って、もう一度男の子を見た。それから、静かな声で、水晶に向かって話し始めた。 「銀河ラボより、管理局へ。死者と思われる人間の男の子を保護。しかし……彼は、生きています」
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