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 「失礼、銀河管理局の者です」  博士が管理局に連絡してすぐに、銀河ラボを訪ねる者がいた。  「やあ、ジルコンじゃないか」  部屋に招き入れられた管理局の女性ーージルコンは、エホンと咳払いをした。  「仕事で来ているのよ、レイ」  「わかっているよ。すまないがラボの中では羽をしまってくれないか?」  ジルコンは頷いてから、自身の背中に意識を集中する。背から生えている、虹色に輝く羽を身体の中へとしまった。  「ありがとう。こっちだよ」  博士は、男の子が眠っている部屋へ、ジルコンを案内した。  ベットの上でスヤスヤと寝息をたてている人間の男の子を見て、ジルコンは驚愕した。  そして、ゆっくり男の子へ近づき、震える手で頰に触れた。  「あたたかい」  そのまま、ジルコンは動かなかった。男の子の呼吸の音だけが、部屋の中で動いていた。  博士は、ジルコンが泣いているように見えた。  「ジルコン?どうしたの?」  「どうもしてないわ。ただ、その、驚いただけ」  透明な青い髪を後ろへ払いのけ、ゆっくり息を吐ききってから、ジルコンは言った。  「彼は、死者じゃない」  向かい合ったジルコンは、もう仕事をする人の顔に戻っていた。  「直近の死者のリストにも、記載されていなかったし、死者を連れて行く時に、迷子になった人間はいなかった」  ジルコンの説明に、博士は考え込む。  「そもそもこの世界に生きている人間がいる、ということ事態が、あり得ないことなんだ。死んだ人間たちは、ジルコンたち管理局に迎えられ、この世界を通り過ぎる。ただそれだけのはず……」  博士は、眠っている男の子に視線を落とした。  「彼は……人間では、ない?」  ジルコンが、じっと博士の瞳を見つめる。博士の淡い紫色の瞳が、揺らいだ。  「答えを急ぐ必要は、ないのではないか。彼は人間かもしれないし、そうじゃないかもしれない」  そう言いながら、慌ててジルコンも男の子に視線を移した。  「彼が目覚めるまで、待ってみるのはどうだろう。幸い、博士は人間の研究をしているじゃないか。研究材料が目の前にいるというのに、喜ばないなんておかしいぞ」  「確かに、彼に興味はあるけれど……。管理局の方は大丈夫なのか?もし、彼が生きている人間だったら……」  「管理局の事は、私に任せろ。管理局の方で対応するより、人間に詳しいお前が対応した方が良いではないか」  ジルコンは昔から見切り発車なところがある、と内心博士は思いながらも、目の前の人間かもしれない男の子と話がしたい、という気持ちがわき始めていることも、認めない訳にはいかなかった。  だが、腑に落ちないことだらけである。  死者でない人間がこの世界にいること。人間でないなら、一体何者なのか。何故、月面に倒れていたのか。  それに、ジルコンの態度も何かおかしい気がする。    「なんだか、大切なことを見落としている気がするんだ、ジルコン。落ち着かないというか、ソワソワする」  「心配しすぎだ、レイ」  ジルコンは博士の肩をポンと叩き、出口へ歩いていってしまった。  「ジルコン!」  博士の呼びかけには答えず、ジルコンは羽を広げる。そして、振り返りもせずに、  「彼は、きっとお前とって必要な存在だ」  ぽつりと呟いてから、ジルコンは飛び立っていった。  光の輝きを残しながら、ジルコンが夜空に溶けるように飛んでいった。その跡を見つめながら、博士は肩でため息をついた。

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