廃線のホームで君を待つ
第8話 二通目の手紙 ①

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 正直なところ、リンからの手紙への返事を投函した後もしばらくは、またただ生きるだけの毎日が続くのかと思っていた。  しかし、リンからの返事は思いのほか早く――手紙を出してから三週間以上経ってはいたが――僕の手元に届いた。相変わらず母親が怪訝な顔をしていたが、気にはしない。  ワンルームに戻って封筒を開けると、どうも大学のものらしい便箋が五枚入っていた。 『親愛なる』の後にあの、リンが創作したMとHを組み合わせたような記号が書かれている――今はただ『M』としておこう。手紙はその言葉から始まっていた。 ――親愛なるMへ。あなたからの手紙をこんなにも早く受け取って、私も興奮しました。あなたは以前と変わらず、本当にとても面白いわ。あなたが好きですI like you――  女性はどうして、こうも罪作りなのだろうか。 ――あなたの手紙を読んだ瞬間、強い友情のような、とても暖かいものを感じることができました。最近、自分の雰囲気がとても悪かったのです。いくつかの理由でとても悲しい気持ちになっていたわ。でも、あなたの手紙のおかげでとても慰められたので、気分がよくなったし、感激しました。私はいつも自分は幸運な少女lucky girlだって言っています。私には素敵な、親切にしてくれる友達が多くいます。  これまでの長い時間の間に、多くのことが起こりました。大きいことや小さいこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、別れと出会い。それらから私は、心配事や大事に思う心を受け入れることから、他の人に気づかいや愛情を注ぐことまで、多くのことを学びました。自分でも成長したと思います。ちょっとかもしれないけどね――  何があったのか詳しくは書かれていなかったが、リンも彼女なりに様々なことがあったのだろう。前の手紙には、試験に失敗したことが書かれていたが、それだけでは無いようだ。彼女の言葉から、自信に満ちたあの表情とは反対の、弱い部分が見え、それを僕は可愛いと思った。  今すぐ西安に飛んで、リンに会いたい。そう思うのは間違いだろうか。 ――あなたのお父さんのことはとても残念で、とても悲しいです。それに、テレビで地震のことも知りました。地震が起こった時、心配で毎日見ていました。あの時は、あなたの無事を祈っていたわ。  あなたがまだ古い住所に住んでいるかどうかが分からなかったので、あなたに手紙を書かなかったの。手紙を書くのがとても遅くなったことを、どうか許してください。  地震の時、そしてその後、あなたがどれほどつらかったか想像できます。テレビや新聞でたくさんのニュースを知って、私はあなたの家族も全員無事だと良いなと思いました。お母さんはいかがですか? 兄弟や姉妹はいますか? 家の建て替えも、大変に違いありません。あなたと比べれば、自分がこれほど快適なことを恥ずかしく思います。あなたが困難の中にいた時に、私は友達として少しの慰めさえできなかった。自責の念を感じました――  リンが日本の地理をあまり知らなかったとしても、僕の住所を見れば、確かにあの大震災の中心地にいたことはすぐに分かっただろう。  それにしても、中国でも大きく報道されていたことに驚いたが、リンがそれを気にかけてくれていたことに僕は感動を覚えた。  もちろん、西安のカフェで数時間話をしただけの関係なのだから、それ以上多くを望むわけにはいかないのだろうが、彼女にとって『異邦人』というものはよほど珍しいものだったのだろうと、改めて思った。  ただ、わざわざ『友達としてas a friend』なんて書かなくてもいいのに、と思うのは男性の誤解、なのだろう。 ――オッケー! 大丈夫よ、私を助けてくれた男の子。あなたは将来きっと成功するに違いないわ。あなたの今の仕事がとてもしんどいのは分かったけど、どうか体に気を付けて。私の友達には元気でいて欲しいし、辛くはなって欲しくありません。  私もあなたのように、夢見る少女なのよ。笑うことが好きだし、歌ったり遊んだり、それに泣くことさえもね。私はロマンティックでもあるし、時々無邪気になります。でも――心の奥底では、冷静で、争いが嫌いで、そして純粋です。これが私よ――  この手紙を読んでいる時、自分がリンへの手紙にどういうことを書いたのか、実は随分と忘れてしまっていた。だから、彼女の返事から改めて「自分の手紙の内容」を思い出してみると、余りの恥ずかしさに顔を覆ってしまう。  一体僕は自分のことをなんと書いたのだろう?  当たり障りのないことを書いたつもりだったのだが、意外に『情熱的に』書いたのかもしれない。しかしそんな手紙にも、リンは丁寧に返事を返してくれている。 ――じゃあ、あなたの質問に答えるわね。  一つ目。日本語は勉強してないけど、まだ英語の勉強はしているわ。  二つ目。私がなりたいのは・・・天使、かな。痛みもないし、悲しみもないし、愛されるから――  多分、将来何になりたいかを聞いたのだと思う。でも、返ってきた答えは如何にもリンらしいと思った。 ――三つ目。前は彼氏がいたけど、両親に反対されたの。とても悲しかったけど、今は大丈夫よ――  もう二年も経つのだから、彼女の性格と才能、そして容姿(僕には本当に天使に見えた。少し気の強そうな天使だったが)なら、直ぐに恋人ができてもおかしくはない。しかし、両親に反対されるような相手とは、どんな男性だったのだろう。  リンが『彼女はいるのか』と手紙で聞いていたから、僕も同じことを返したのだと思う。それが、年頃の女の子特有の『ありきたりの話題』だったのか、それとも・・・  手紙はまだまだ続いていた。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません