廃線のホームで君を待つ
第20話 八通目の手紙

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 ゴールデンウィークというものが世の中にあるらしいが、今の僕にはそんなものはない。何か普段と違うとすれば、夕刊配達の回数が少なくなる程度だろうか。それはそれで嬉しいのだが。  ただそれだけの大型連休も過ぎ、リンへの五回目の電話がそろそろ近づいてきた頃、母親から白い封筒を受け取った。リンと電話をするようにはなったが、やはりたくさんの言葉を落ち着いて読める手紙は嬉しい。  仕事を終えワンルームに帰ると、ベッドに腰かけ封筒を開けた。今回はいつものような薄っぺらい便箋ではなく、随分と大きな厚手の無地の紙に、青みがかったインクの文字が書かれていた。 ――親愛なるMへ  電話をしてくれて、そして手紙をくれて、本当にありがとう。電話であなたとリアルに話をするのは、とても素敵です。ほんと、素敵!  あなたと電話していた時、私もとても幸せだったわよ。電話がかかってくるまでは、あなたに何を話そうか色々考えていたの。でも、電話を取ったら、何を言おうとしていたのか分からなくなって、全部忘れてしまってたわ。(笑っちゃダメよ)  でも、これってすごくお金がかかるでしょ。国際電話がとても高額だというのは知っています。心配だわ。  電話でのあなたの言葉、別におかしくはなかったわよ。もちろん、あなたのような友達がいることも、あなたと話すのも、とても嬉しいことです。  桜の花は日本の象徴よね。ちょうど、万里の長城が中国の象徴であるみたいに。桜は、テレビの映像でしか見たことないわ。本当にとても綺麗!  素晴らしい光景が目に浮かぶわ――桜の花に、雪が降るって――とても美しい絵ね。  中国、特に西安では、天気もどんどん温かくなって、今は春真っ盛りです。木々はすっかり緑色になって、花も咲いています。  良いニュースがあるの。数日後に、家族と私で春の遠出をするのよ。とてもいいわ! 山に登って、ピクニックをして、泳ぐかな。(できたら、ね)  知ってるように、仕事が忙しくて、毎日の激務にお疲れね。毎週日曜日だけ、朝11時まで長めに眠って、本や小説を読んだり、自分の用事をしたりできるのよ。リラックスしたいから、今回はいいチャンスね。もう待ちきれないわ――  そういえば、電話でリンがそんな話をしていた。撮った写真を送ったから楽しみにしてね、と。  電話では、リアルタイムに起こっていることを話したりする。でも、こうやって届く手紙には、数週間前の出来事が記されているのだ。そのどちらもリンの言葉ではあるのだが、何か、現在のリンと過去のリンという、二人のリンと話をしているようだった。  それにしても、リンも随分と忙しそうだ。本当は日曜日にゆっくり、家にいる同士で電話できればいいのだが、リンは会社の寮に住んでいるのだろうし、そうもいかないのだろう。  それに、僕自身の家も、まだ建て替えが終わっていない。自宅に戻った後には、そんなこともできるのだろうか? ――私は純粋で、活発な女の子。歌うのが好きで、踊るのも好き。食べるのも、運動も、笑うのも、空想することも……でも、卒業してこの会社に来て、自分の時間がとても限られてしまっているので、こういうことをする時間が無くて、仕事や複雑な人間関係の調整ばかりに忙しくなってます。  一つ聞いてもいいかしら? 日本では、人間関係ってどんな感じ? 例えば、仕事関係や社会関係、友人関係なんかね。  中国では、社会関係がとても複雑なの。(若手、特に学校を出たばっかりだと、学校では学べないようなことをいっぱいいっぱい学ばなければいけなくて、それでやっと、この社会に慣れることができるのよ)  私達の社会には、とても複雑な関係が網の目みたいにあるのよね。多分これが、中国が未だに発展途上の段階にある隠れた理由なんだと思う――  日本ではどうなのだろう。年功序列というものは、確かに弊害もあるが、その分仕事関係や社会関係は分かりやすいのかもしれない。中国は儒教の国だと聞いていたが、日本とは違うのだろうか。  ただ友人関係は……  同級生、先輩、後輩。そう呼べる人間は何人もいる。しかし僕には「友人」と呼べる人間がほとんどいなかった。親友は二人ほどいる。それ以外の、「表面的な友達関係」を必要だとは思わなかったからだ。  だから、日本における友人関係がどんなものなのか、リンに説明する自信は余りなかった。 ――どんな男性が好みかって?  この質問には、答えるのがちょっと難しいかな。だって、みんなそれぞれ良い所があるから。私としては、そうね、有能で、親切で、格好良くて、優しくて、そしてずっと私を愛してくれるような……  ああん、笑っちゃだめ! これが、本音だから、ね。  あなたは、どうなのかな?  OK。遅くなったし、ここまでにします。いい夢見てね、おやすみ。  私の名刺を同封したから、見てください。  じゃあね。  リンLingより――  そう、リンは思ったことをはっきりという子なのだ。  決して安くはない国際電話を、急用もないのに毎週のようにかけてくる男性が、自分のことをどう想っているのか、リンに分からないわけではないだろう。でもリンは、遠慮も配慮もしてくれなさそうだ。  だから、リンが自分の本心を隠し、僕に合わせてくれているのではないかと怯えるのは、もうよそう。ただ彼女だけを見続ける。向日葵のように凛々しくはなれないけれど。  次の電話の後に返事を書くことにして、手紙をしまう。シャワーを浴びてそのままベッドに潜った。

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